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来た来た!


無性~に、そうじしたくなる、

無性~に、物を捨てたくなる、



服、本、CD、DVD、その他雑貨



スッキリ!!!

何もないスペースが、また少し増えましたキラキラ


サボり気味のお部屋が片付きましたニコニコ



とにかく捨てたい!のとき、

何か…変化の前触れだったりします





ぼちぼち浄化継続中


身動きがとれない状態の自分も、ありのまま、みれるようになってきたかな。

いきなりですが

見よう見真似で…

観念浄化ワークというのをやっています(ほんとは、もっとちゃんとやるほうがいいです)

ちゃんとやっていない…いまいち自信がないのでガーン

詳しくは、よう話せませんが…ガーン

はじめて半月ほど経ちます


変化がありました


母のことを浄化したすぐその後

母に手紙を書きました


え~っと

母のことをざっくりと説明すると

私が16才の時に蒸発

そもそも、あまり私に関心がないタイプでして

母が家を出てから、14年経っています

母は再婚して

今はダンナさんとフレンチのお店をはじめました

そのお店を、手伝いに行っていましたが、

最近、母とケンカしましたドンッ

それ以来
会ってませんあせる




母のことを浄化してみました

そしたら、向き合わなければならないことがたくさん…

時間はかかってもいいから、ひたすら浄化しました


私はカラカラだったみたいです

砂漠ですDASH!

枯れていました

母に愛された実感が感じられないまま

父も再婚して、
父を奥さんにとられたプンプンみたいな←浄化して出てきた観念!


私の中はもうカラカラだったようです

浄化してみて、わかりましたが、
ここを満たさない限り、
私は誰かを素直に愛したり、受け入れたり、できなかったのです。

何をするにしても、重苦しいものを、いつも感じていて…。


ほとんど、すがるように
浄化してみました


そしたら、
浄化したあと

同居していたおばあちゃんに、お母さんが何か言われて、ぐっと耐えていた様子や

おばあちゃん、おじいちゃんがいる時のお母さんは、とても涼しい顔で、何を言われても気持ち良く家事をしていたこと

それを思いだしていました


お母さんはお母さんなりに、私を愛していた…

私は、おばあちゃんに育ててもらったというくらい

おばあちゃんに溺愛されていたので

お母さんとは距離がありました

お母さんの伝わりにくい愛情表現に対して、おばあちゃんのキビしいけどスキンシップたっぷりの愛情表現

どうしても、おばあちゃんといる時間のほうが長くなってしまった


この子のお母さんは、おばあちゃんや!

と父に言っていたことも思い出しました

実際のところは、私は詳しくわからないけど、

父にも子供にも話せない苦労があったのかもしれない。

そんなことを手紙に書きました手紙

私も私なりにお母さんのことを愛しています

感謝しています

そう書いたら、涙がとまりませんでした


母にこんな手紙を出したのは、はじめてです



母とは、普通に話せますが、今までもあまり甘えた記憶もないので

さっぱりとした感じで

お互いに微妙な距離を感じつつ、接しています


母は、ベタベタするのは、苦手なんだと思います

浄化して、

母の、そのままを

それでいい

と思えるようになってきました


とっっっても楽です


今後、どのような関係になるのか、わかりませんが


尊敬するラジオDJ
山本シュウさんのように

愛してるで!

って、言おうと思っています

ほんまにほんまにほんまに照れますが、

挨拶がわりに

ちょくちょく言ったろ~って思っています。


自分でも不思議でしかたない心境の変化ですが

今は

拒絶される恐れがまったくないのです

もしも、拒絶されることがあっても、

いんや、私は愛してるで!!

って、言っちゃいますニコニコ



長文読んでいただいて

ありがとうございます

両極

両極

ポジティブとネガティブ

自分のなかに

どっちも

もっていること



ひとつだけの考えじゃなくて

対極にある考えも

同時にもっていたい


いろいろある考え方のなかから

わたしは

これをえらんだ

と。



そうやっていると

こころの筋肉が

ついてきた感じがするんです


ちからづよさを感じるというか。


ことばで表現するのは

むずかしい…


けれど、

ことば足らずの

‘間’を

それぞれがうめていく

想像力もある。。。きっと




完全なものにあこがれつつ…

完全なものにしようとは思わない


前は

この統一されてない感じが

納得いかなくて

もがいていました



まとまらないなら

まとまらないのだ



手にいれつつ

手放す



そうやっていても

ほんとに自分がいいと思うことは

磨かれて

自分のなかにある


そうでありたいと

願いつつ




*****

以前、音楽教室の発表会で

セッションした

ボーカリストの男性がいて。


このかたと演奏したことで

わたしのなかの

何かをこわしていただきました☆



発表会のあと

歌とパフォーマンスがすばらしかったこと

ご一緒できて感謝していること

を伝えました


返信で

「自分の歩幅で音楽つづけてな」と

ことばをいただきました



ずっとこころに残っている

ことばです



音楽にかぎらず

着実にすすむとは

こういうことなのだと



きもちを自由にして

やれることをやる

ときにはこわしながら…


どんなかたちであれ

つづけられるよ

って。



「自分にいま何ができる?」
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