あけましておめでとうございます。今年もいろんな人の愛を感じたいと思います。


最近は、一年に一度しか実家に帰らないんですけど、

それには、トラウマというか、あたしと両親の愛情表現の相違にあると思います。


なぜか、うちの親と過ごすと寂しく思ったり、なんか一緒にいながら、寂しいというか

悲しい気持ちになってしまうのです。


自分の家がなぜかあったかい。基本独りだけど、なんか心地よい。

そして、誰かきたときも、なぜか、みんな眠くなる空間。

退屈な雰囲気なのかもしれないけど、居たくないとかじゃなくって、

眠くなられた方が、なんか嬉しいかも。寝るということは、その場に留まる=うちに留まる

わけだから。嫌がられてないのだと思う。


うちはそんなとこなので、疲れた人は、うちでゆっくりすればいいと思う。


今年は、昨年以上に生きてる感を感じながら、毎日を送るだろうと思います。

日々の意識が。

どんなときも、「愛をもって接する」ことを忘れないで、

すごしたいと思います。みんなに優しく。真の愛と優しさとは?

言葉使い、言い回し、直接的に人を傷つけるのは、愛のない言葉です。

思ったことを言うのが本人は愛と思っていても、あたしはそうは思わない。

真実を告げるとき、相手が落ち込まない、心に傷を負わないように、

言葉を選んで、お話できたら、素晴らしいと思う。難しいことだけど、

あたしは、そういうことができる人になりたい。他人の気持ち考えると、

何も言えなくなっちゃったりするのって、なんかモドカシイし、

自分のボキャブラリがたりなんだって、負けた気がする。

大切な人に、うまく伝えられないのって、至らない自分が情けなく、

とても、申し訳なく悲しいと思う。


今回、帰った時に母があたしのことを「幸せそうにみえない

的な発言をした。父はそんなことないと言った。

自分自身、へこむこともあるけど、幸せだと思って生きていくようにしている。

なのに、そんなこと言われて、結構ショックだった。

母が、病んでいるのだと、父は言った。

けど、病ませたのは、あたしだよね。とか、思ってしまう。

「そんな風に思わせる生き方をしてごめんなさい」

と母に言った。涙こらえて。

そんなことないのに!

と思ってるけど、母がそう思ったのなら、ごめんなさいと思った。


「あなたが思ってるより、あたしは幸せだから、心配はいりません」

と言いました。それは、真実だから。

納得してもらえないかもだけど、自分自身、浮き沈みはあるものの、

現状をよしとして、向上していくしかないと思って、毎日生きているのに、

そんなこと言われると、びっくりしてしまいます。

母が、相談相手というか、なんでも話せる人だと思っていたけど、

これからは、ちょっと一線置いた方がよさそうで・・・


そうすると、自分が本音を語れる人って・・・・まあ、あたしは大丈夫だけどね。


そういえば、タイトルからずっと離れた話をしていましたが、

自分がどんなときに、胸キュンだったり、ときめきだったり、のドキドキが

あるのかなと思って、考えてるのですが、

髪をなでられたり、肩を叩かれたり、なんというか、ふわっとした瞬間にやられてしまいます。

単純です。あとは、クシャっとした笑顔は、ヤバいですね。昔から。

でも、相手の体温感じられる行為って、なんとも思ってなくても、

気持ちがいいもの。気持ちがいいこと好きだから、胸キュンです。


ま、その場だけかもだけどね。それでも、楽しい♪

これって、やっぱ特定の彼がなかなかできないひとつの要因ですか?(汗