これぞファンク・ロックのお手本とも言える、1979年リリースのパット・トラバース・バンドのライブ・アルバムである。
メンバーは
パット・トラバース:ギター、ヴォーカル
パット・スロール:ギター、ヴォーカル
マーズ・コウリング:ベース
トミー・アルドリッジ:ドラムス
パット・スロールはのちにグレン・ヒューズとヒューズ・スロール・バンドを組み、トミー・アルドリッジはオジー・オズボーン・バンド、ホワイト・スネイクに加入する。
このアルバムはとにかく熱い。それでいて演奏は完璧である。
トラバースとスロールの音色がほとんど同じため、どっちがどっちなのか判らないがそんなことはいいのだ。
コウリングとアルドリッジのタイトなリズム・セクションと2本のギターの絶妙なアンサンブルを楽しめばいい。
どうやら私は平坦な8ビートが嫌いらしい(笑)
今日は短くてm(_ _)m
1955年、大阪生まれのハイラム・ブロックは2歳でアメリカに戻り、ピアノ、サックスを習い、中学生にはロックバンドでベースを弾き始めた。16歳の時にギターに転向するのだが、理由は「ギターの方が女の子にモテる」からだそうで(笑)
マイアミ大学のミュージック・スクールでパット・メセニーやジャコ・パストリアスなどの後のプロ活動に影響を与えたミュージシャン達に出会う。
ニューヨークに移ってからセッション・ギタリストとして活躍するのだが、ザ・ブレッカー・ブラザース、デヴィッド・サンボーン、ポール・サイモン、チャカ・カーン、ボブ・ジェイムス、スティング、ジェイムス・ブラウン、マイルス・デイヴィス、ケニー・ロギンス、ビリー・ジョエル、バーブラ・ストライザンド、バート・バカラック、ロバータ・フラック、エリック・クラプトン、ジェイムス・テイラーなどの幅広いジャンルのレコーディングに参加した。
1978年に盟友のウィル・リー(ベース、ヴォーカル)クリフ・カーター(キーボード)スティーヴ・ジョーダン(ドラムス)でThe 24th. Street Band(24丁目バンド)を結成。特に日本で人気があり、79年に郷ひろみの「wanna be true」は24丁目バンドの演奏で、ハイラムのソロもしっかり入っていた。ジャケットは横尾忠則だった。
私も24丁目バンドの初来日を観たのだが、ハイラムもウィル・リーも動き回りバンドをやっているのが楽しくてしょうがないというステージだった。ハイラムの第一印象は「ロックじゃん!」だった。
1986年からソロ・アルバムを多数発表し、ハイラム・ブロック・バンドとして毎年のように来日していた。
私も何回か青山のブルーノートで観たのだが、一番スゴかったのがウィル・リーとデニス・チェンバース(ドラムス)のトリオで、オープニングはジミ・ヘンドリックスの「ファイアー」をウィル・リーのヴォーカルで始めた時だった。いつものことだが、ハイラムは客席のテーブルを歩き回り、お客さんも承知でドリンクを片付けたり・・・
残念なのが、3日間公演の1日だけ「Jimi Hendrix Night」があったのだが行けなかったのがいまでも心残りである。
彼もまたジミに強く影響を受けていて、「プレイズ・ジミ・ヘンドリックス」というライブ・アルバムもリリースされている。
2008年7月25日、喉頭癌で亡くなってしまった。
Hiram, Rest in Peace...
マイアミ大学のミュージック・スクールでパット・メセニーやジャコ・パストリアスなどの後のプロ活動に影響を与えたミュージシャン達に出会う。
ニューヨークに移ってからセッション・ギタリストとして活躍するのだが、ザ・ブレッカー・ブラザース、デヴィッド・サンボーン、ポール・サイモン、チャカ・カーン、ボブ・ジェイムス、スティング、ジェイムス・ブラウン、マイルス・デイヴィス、ケニー・ロギンス、ビリー・ジョエル、バーブラ・ストライザンド、バート・バカラック、ロバータ・フラック、エリック・クラプトン、ジェイムス・テイラーなどの幅広いジャンルのレコーディングに参加した。
1978年に盟友のウィル・リー(ベース、ヴォーカル)クリフ・カーター(キーボード)スティーヴ・ジョーダン(ドラムス)でThe 24th. Street Band(24丁目バンド)を結成。特に日本で人気があり、79年に郷ひろみの「wanna be true」は24丁目バンドの演奏で、ハイラムのソロもしっかり入っていた。ジャケットは横尾忠則だった。
私も24丁目バンドの初来日を観たのだが、ハイラムもウィル・リーも動き回りバンドをやっているのが楽しくてしょうがないというステージだった。ハイラムの第一印象は「ロックじゃん!」だった。
1986年からソロ・アルバムを多数発表し、ハイラム・ブロック・バンドとして毎年のように来日していた。
私も何回か青山のブルーノートで観たのだが、一番スゴかったのがウィル・リーとデニス・チェンバース(ドラムス)のトリオで、オープニングはジミ・ヘンドリックスの「ファイアー」をウィル・リーのヴォーカルで始めた時だった。いつものことだが、ハイラムは客席のテーブルを歩き回り、お客さんも承知でドリンクを片付けたり・・・
残念なのが、3日間公演の1日だけ「Jimi Hendrix Night」があったのだが行けなかったのがいまでも心残りである。
彼もまたジミに強く影響を受けていて、「プレイズ・ジミ・ヘンドリックス」というライブ・アルバムもリリースされている。
2008年7月25日、喉頭癌で亡くなってしまった。
Hiram, Rest in Peace...
デュアン・オールマン亡き後のオールマン・ブラザーズ「ブラザーズ・アンド・シスターズ」の「ジェシカ」「ランブリン・マン」でディッキー・ベッツと素晴らしいツイン・リードを披露し、ボズ・スキャッグスの大ヒット作「シルク・ディグリーズ」やボズのツアーに参加し「デュアン・オールマンの再来」とまで言われたのがレス・デューデックである。
ボズのツアー・バンドが後にTOTOとなるのだが、レス・デューデックの初ソロアルバムの参加メンバーはそのまんまTOTOだった。
1977年発表で2枚目のこのアルバムの参加メンバーは
デヴィッド・ペイチ:キーボード
ジェフ・ポーカロ:ドラムス
ジェラルド・ジョンソン:ベース
を主体にゲストでチャック・レイニー(ベース)ロバート・ポップウェル(ベース)そしてなんとジャズ界の大御所トニー・ウィリアムス(ドラムス)が参加している。
前作はボズ・スキャッグスがプロデュースだったためか、爽やかで軽やかでそれはそれで良かったのだが、「セイ・ノー・モア」はよりファンキーな仕上がりで私はこのアルバムが好きである。
特にジェフ・ポーカロとジェラルド・ジョンソン(デイヴ・メイソン・バンド)のリズム・セクションは絶好調でゲスト参加の大物達の影が薄くなるほどである。
インストの「ゾロ・ライズ・アゲイン」のイントロはトニー・ウィリアムスの存在感たっぷりのドラムで始まり、ジェフ・ポーカロが絡み、ロバート・ポップウェルのチョッパーが入ってくるという、それだけでゾクッとさせられる。
主役のレス・デューデックだが、トレードマークのP-90のゴールド・トップのレスポールで痛快に弾きまくっている。もちろんスライドもデュアンの再来と言わしめるほど上手い。
ヴォーカルもインスト2曲以外、自身が歌っているがこれまたいい。
声質がフランク・マリノに似ているような気がするが、そこも私のツボなのかも知れない。
今も聴き直しているが、古臭さは感じなく捨て曲もなくお勧めのアルバムである。
ボズのツアー・バンドが後にTOTOとなるのだが、レス・デューデックの初ソロアルバムの参加メンバーはそのまんまTOTOだった。
1977年発表で2枚目のこのアルバムの参加メンバーは
デヴィッド・ペイチ:キーボード
ジェフ・ポーカロ:ドラムス
ジェラルド・ジョンソン:ベース
を主体にゲストでチャック・レイニー(ベース)ロバート・ポップウェル(ベース)そしてなんとジャズ界の大御所トニー・ウィリアムス(ドラムス)が参加している。
前作はボズ・スキャッグスがプロデュースだったためか、爽やかで軽やかでそれはそれで良かったのだが、「セイ・ノー・モア」はよりファンキーな仕上がりで私はこのアルバムが好きである。
特にジェフ・ポーカロとジェラルド・ジョンソン(デイヴ・メイソン・バンド)のリズム・セクションは絶好調でゲスト参加の大物達の影が薄くなるほどである。
インストの「ゾロ・ライズ・アゲイン」のイントロはトニー・ウィリアムスの存在感たっぷりのドラムで始まり、ジェフ・ポーカロが絡み、ロバート・ポップウェルのチョッパーが入ってくるという、それだけでゾクッとさせられる。
主役のレス・デューデックだが、トレードマークのP-90のゴールド・トップのレスポールで痛快に弾きまくっている。もちろんスライドもデュアンの再来と言わしめるほど上手い。
ヴォーカルもインスト2曲以外、自身が歌っているがこれまたいい。
声質がフランク・マリノに似ているような気がするが、そこも私のツボなのかも知れない。
今も聴き直しているが、古臭さは感じなく捨て曲もなくお勧めのアルバムである。
