2016年
8月10日
仕事でのミスが目立ち、集中力の低下のより同僚の勧めで病院を受診。検査入院。
結果右前頭葉に5センチほどの腫瘍が見つかる。大学病院へ転院となる。
8月18日
転院後検査が行われる。神経膠芽腫との診断。
8月30日
開頭手術にて腫瘍を摘出。ギリアデル留置。
生研結果、神経膠芽腫グレード4との診断。転院前の病院でも言われていたが、術後約1年で再発し再発後は半年の平均余命とのこと。標準治療を受けるべく9月15日に一度退院。
9月19日
再入院
9月20日から11月2日
放射線治療およびテモドロミゾ(テモダール)の投薬治療の併用を標準治療を行い11月11日退院
その後は2週間に1度の頻度で通院。
月一回5日間のテモダールの処方を受ける。
薬による副作用は特になく、自宅療養を行っていた。
体力つくりの為早朝30分の散歩をほぼ毎日行う。
2017年
2月1日より職場復帰
通院は2週間に1度(臨床試験参加の為初発よりベバシズマブの化学療法を行う)テモダールは月1回で続けていく。
3か月に1回のMRIの検査でも特に異常はなし。
2018年
1月2日
最寄り駅からの帰り道で倒れ、通院している大学病院へ救急搬送。意識が酩酊していたのかお酒を飲んだといった為点滴を受け帰宅。(実際は飲んでいませんでした。)ただ炎症反応があるので、翌日別の病院で診てもらうようにとのこと。
1月3日
翌日別の病院で診察。結果肺炎との診断で入院。その間せん妄の症状が見られた為ナースセンター近くまで入院部屋が3回ほど移る。
1月11日退院
せん妄の症状は変わらず。夜に目を開けて徘徊、自分が言っていることと違うことをする、トイレが間に合わないなど。
1月12日
通院していた大学病院へ、1月2日に倒れたのは、状況からして軽いてんかん発作ではとのこと。せん妄の状態を説明。そこからアドバイスもいただく。
少しずつ回復していく。
4月30日
社会復帰には程遠く、会社との話し合いの結果会社を退職
この間介護申請をし要介護3の判断
5月中旬
リハビリデイサービスを週2日半日で開始。機能回復に努める。
暫くはデイサービスの通所と通院。通院は再発は認められず、テモダールも入院中2回は見送ったものの、継続して月1回5日間投薬。
半年後リハビリデイサービスを週3日へ。
アバスチン、テモダールも12月で一旦終了。
せん妄の症状はなくなったが、高次機能の障害が見受けられていた。
それ以外は特に四肢不自由なく生活していた。
2019年
2月
介護保険証の更新。要介護3→1へ
3月24日
脳腫瘍の再発が認められた。
右脳よりの真ん中中枢当たりだった為外科手術はせず。
テモダールの投薬およびベバシズマブ(アバスチン)での化学療法開始。父の腫瘍はテモダールが比較的効き特に副作用もない為引き続き通院で様子を見る。
デイサービスも変わりなく。ただ同居の母親のことを考え週3日のうち1日は終日デイサービスに切り替える。
10月中旬頃
左側のバランスが良くなくなっているとデイサービスの理学療法士から言われ、杖を作って歩行の練習をする。
11月初旬
左側のバランスが悪く、自力でも立ちにくくなってきていた為通院先の病院に相談。11月21日より入院。再度放射線治療を行う為系列の病院へ転院
12月10日
転院後腫瘍にガンマナイフ放射線治療(3回の照射)を行う。
少し病院のリハビリで改善が見られたが歩くこと、トイレ等は付き添いが必要。お風呂は介助が必要。
このころから声が出にくくなったと言っていた。
その間に介護保険の更新の為調査員が来る。
12月17日
退院。そのままショートステイの介護施設へ移動。
12月25日
大学病院へ通院。アバスチン点滴。
年末年始は介護の仕事をする妹が遠方から駆け付け自宅で過ごす。
2020年
1月5日
ショートステイの介護施設へ戻る。その間介護保険証が届く。要介護1の判定。まったく納得がいかないため変更申請をかける。
その間下痢と微熱があるとのことで施設から何度も連絡があり都度私の近所のへ連れていく。
またご飯をあまり自分で食べなくなったと介護員さんから言われていたので、甘えではないかとのことで一度横に座ってご飯を食べるのに付き添ったりもした。
1月31日
通院先の大学病院へ。血液検査等の数値から、化学療法も行うこともできなくなったのでいったん治療は終わりとのこと。ただなにかあればすぐ知らせてくださいとのことで、次回3月初旬に予約を取る。
2月7日
終末期の方に特化したサービス付き高齢者住宅へ移る。
その翌日、言語聴覚士より相当嚥下力が落ちると言われムース食で食事の提供をしていきますといわれる。
食欲自体も落ちてきている為エンシュアで栄養を補給するときも出てきた。
この間介護度の変更申請の結果要介護1→5へ。
3月9日
吐き気により食べ物が食べれなくなったと施設より連絡。
意識はあるので点滴をお願いする。
3月11日
薬も飲めなくなったとの事。てんかん発作の処置について相談が施設より有。2日後に外来受診予約があるのでそのことを相談する。
3月13日
通院先の大学病院へ
意識もまだある為、CVポートの提案有。本人の意思確認を行う為施設へ連絡したところ嘔吐がひどい為通院先の大学病院へ救急搬送。CT、血液検査の結果腫瘍の急激悪化ではなく腸内の憩室から軽い炎症が見られる為抗生物質投与し施設へ戻る。
3月16日
本人へ意思確認しCVポートの予約を入れる。3月26日となる。
それまでの間、鼻からの栄養を取ることを検討したが腸の炎症の症状が治まってからでないと難しいとの事。
3月23日
意識レベル低下。通常の6割程度に。炎症反応も1週間の抗生物質投与で変化がない為CVポートの手術は見送ることになる。
翌々日主治医の大学病院の先生からも連絡があり、状況を説明。
3月30日
呼吸が安定せず、酸素を吸入。少し落ち着く。
4月3日
呼吸も安定せず、痰の量がかなり多くなってきていた。
4月6日
施設の訪問医の先生より一日の点滴を1500ml→500mlへ減らす提案をされる。急激な血圧低下が懸念されるが同意する。
ただそんなに長くはないとのこと。
4月7日-10日
施設で仕事をしながら父の様子を見る。
痰が少し減ってきた。ただ呼吸は安定しないので注意深く見てもらう。
10日にはお風呂に入れてもらいました。
4月11日
午前に急激に血圧が下がってきているとの連絡。
遠方の妹はテレビ通話を、午後からは近くに住む父の兄夫婦が来てくれ、家族に見守られながら息を引き取る。
長文すいません。
簡単に書きましたが、その時その時で思うことはまた追って細かく書いていきたいと思います。