「オッペンハイマー」がアカデミー賞最多部門をとったという。
同じ時に日本のゴジラも視覚賞をとった。宮崎駿作品もアニメ賞をとった。
この中で観るかもしれないのはゴジラぐらいかな。
(そんな興味がある分野じゃないんだけど、ホイチョイyoutubeで監督さんのお話を聞いて、監督さんのお人柄とかゴジラ映画をどう表現するかを語っている姿を見て、ちょっと興味持った)
「オッペンハイマー」も「どう生きるか」も観ない。
映画もアニメもエンタメだと思っているので、お勉強させられる映画は基本的には観ない。
(差別問題の映画は好きでよく観ているけど勉強する為じゃなくて単に自分が興味あるからだけ)
それにしても、オッペンハイマーがアカデミー賞をとると言う図に、とても白人らしい傲慢さをどうしても感じてしまう。映画の中で日本の描写がほぼ無かったらしいが、そういう問題じゃあなくて、なんと言うか…、傲慢と言うよりは『無神経』と言うのが近いかなぁ。
オッペンハイマーと言う個人に対してどうのこうのの文句はなく、むしろそのご本人には興味があって、かなり昔にオッペンハイマーに関する書籍を読んでいたぐらいだ。
ただ、「原爆を発明し、投下による影響力の凄まじさに苦悩し、コミンテルンのレッテルを貼られて人生が転落していった男」を3時間たっぷりにノーラン節で描かれるのは芸術面?としては興味をそそられるものだろうけども、その被害を受けた当事者(の民族の一人)となると、全く他人事ではないので、レイプ犯側の苦悩を見せられているようで、気分が悪い。映画としても、寒々しく、空々しい。
アメリカエンタメが大好きでキャンセルカルチャーにも迎合できないけれど、日本人としてアメリカ人から見た史観を受け入れるわけにはいかないし、私達日本人が不快を訴えていかないと、誰が代弁してくれると言うのかと思うのだ。
第二次世界大戦についてのあれやこれやは色々と持論があるのでココで滔々と語る気は更々ないが、まぁアメリカ大好き人間(わたし)でも、こういう時には白けた目でアメリカ人を見てしまうな~と感じたまで。
もしかするとこういう感覚を表明すれば、日本兵の被害を受けた国の人が「お前だって加害者の癖に!」とかアメリカ人の中でも「リメンバーパールハーバー!」とか発狂して言う人もいるかもしれないけど、それはその人の立場で日本を糾弾すればいいし、日本人も粛々と自国の立場で物申せばいいとは思う。
別に日本人だけが均衡を保たなければならないわけじゃないし、文句を言うのも言われるのも、矛盾しない。
アメリカ人がオッペンハイマーでアカデミー賞をとって悦に入るのはアメリカ人の自由だ。それに文句を言うのは日本人の自由。
オッペンハイマーも、ついでにバービーも観ない!
(バービーはとばっちりかもしれないが…まぁバービー広報の無神経さとフェミには飽き飽きしてるので。役者さんは嫌いじゃないけどね)