「未来を拓く 桜台小学校三年一組学級通信 1983年」 井出良一
日本語を豊かに、しみこむようにとらえ、
その美しさと力強さを自分のものにしたい。
ほこらかに、はちきれるように、
すばらしい文学を読みたい。読みこみたい。
事実をしっかりと見すえ文を綴る。 -----国語
「モーツァルトは太陽だ」とドヴォルザークは語った。
太陽のような歌は、きみたちを燃やし、
きみたちに豊かさを教え、
心ふくらませ、
きみたちを芯から明るく強くしてくれるだろう。
しあわせでたのしく、心わきたつ歌の時をつくりたい。
そのとき、きみたちは、音楽の世界の戸をたたくのだ。 -----音楽
ふみきり台をポンとけって、空中にうきあがるとき、
世界はひろがり、
とび箱をこえたときの何ともいえないさわやかな気持ちは、
きみたちを育ててくれる。
マットをうつくしくまわる心地よさをおぼえ、
マズルカステップのリズミカルな音楽は、
きみたちの体と心を踊らせる。
水の中を魚のように泳ぐとき、
サッカーボールをけんめいに追いかけるとき、
きみたちの筋力と骨と心は、たくましく育つ。 -----体育
えんぴつをしっかりにぎり、
まっ白な画用紙に絵をかく。
それはきみたちの冒険だ。
一筆一筆がきみたちの自信と確信を高め、
心を集めるように絵をかくとき、
きみたちの集中力と持続力が育つのだ。
けっしてとちゅうで投げ出してはいけない。
一筆一筆、一ほり一ほりが
きみたちの未来をかたちづくっていくのだから。
そして、きみたちの力をつくした三十八まいの絵は、教室を、
はなやかに、さわやかにかざるだろう。 -----図工
きっちりと筋道を立てて考え、計算する。
たしかに計算する。それもすばやくだ。
こうだから、こうなって、こうなるんだと、
しっかりと語りながら問題を解きおこしていく。
「かける」とはどういうことだろう。
「わる」ってことは、なんだろう。
「重さ」ってなんだろう。
木は、水にうくことによって軽くなるのだろうか。
砂糖は、水にとけると、重さはなくなるのだろうか。 -----算数
花が咲くとかならず実がなるのだろうか。
これがこの一年間の三組の理科のテーマだ。
小さな花の世界のなかにお話がある。
いつもルーペをポケットに入れて学校へこよう。
イヌノフグリやスズメノカタビラの雑草の花をのぞいてみたい。
小さな花のなかには、息をのむ美しさがある。
自然のなかの美しさを見つけ出す仕事、それが理科の勉強。
私はどこに住んでいるのだろう。
しっかりと、自分の住んでいるところ、生きているところ、
それをささえる人びとの力や心をとらえていくことはたいせつだ。
どうすれば私たちは住みよい町をつくれるのだろうか。
それを考えることは、
どうすれば戦争のない
しあわせな世界をつくれるのかを考えることにつながる。
自分が生まれ、育った町の歴史を学ぶことは、
明日を生きる力になるだろう。
人間と自然のしあわせを考える勉強 -----社会
家庭科が五年や六年になるまで勉強されないのはまちがいだ。
三年生のきみたちにこそ家庭科を学ばしてやりたいと思う。
まだ十分つかいきれないであろうその手で、
つたなくてもいろんな作物をつくり、
ほうちょうを持って料理し、
針を持ってぬっていきたい。
自分の力で自分の食べるものをつくり、着るものをぬう。
生きる力を勉強するのが家庭科だ。
国語で、音楽で、体育で、図工で、算数で、理科で、
社会で、家庭科できみたちは学ぶ。
それらの勉強が、きっときみたちをかしこく
たくましくするにちがいない。
先生もそのなかで、たくさんのことを学ぶだろう。
未来を拓く力がきみたちのなかに育つのが先生の願いだ。
著書「イーハトーボ小学校の春」より