怖いな。
なにかハードルをいつの間にか越えていたのかな。
姑を鬱陶しいと思う比率が、小さくなっているような。
今までが、総会話100%の内、内心鬱陶しい比率85%が平均だったとすると、内心鬱陶しい比率が30%くらいになっているような。
で、その代わりに、減った55%分は、相手がだれでも関係ないというか、別にもういいっていうか。
会話の内容を楽しむ成分は、同じく15%。
ああ、なんか、あれかな。
「ココにいるのは『姑』である」とか、あんまり思わなくなってきたのかな。
もしくは、話したことはあるけど、あんまり趣味が合わないんだけど、なんか気に入ってもらってしまったんだけどどうしたらいいのかわからないクラスメート、みたいな?
だから、今のところあんまり感情の起伏なく、受け流すことが出来ている感じ。
やはり、己の本音を殺すことが大事なのか。
なにか、見ないふりをしていれば大丈夫なのか?
考えるな!ってことか?
しかしとりあえずは楽な感じになりつつあるので、これを維持できればOKじゃないのかな。にこにこはできるしさ。
突然の心境の変化だけに、いつまた心境が変化するのか分からないのが最大に怖い。
がんばれー。がんばれー。姑といる時の「無」な自分、がんばれー。
なにかハードルをいつの間にか越えていたのかな。
姑を鬱陶しいと思う比率が、小さくなっているような。
今までが、総会話100%の内、内心鬱陶しい比率85%が平均だったとすると、内心鬱陶しい比率が30%くらいになっているような。
で、その代わりに、減った55%分は、相手がだれでも関係ないというか、別にもういいっていうか。
会話の内容を楽しむ成分は、同じく15%。
ああ、なんか、あれかな。
「ココにいるのは『姑』である」とか、あんまり思わなくなってきたのかな。
もしくは、話したことはあるけど、あんまり趣味が合わないんだけど、なんか気に入ってもらってしまったんだけどどうしたらいいのかわからないクラスメート、みたいな?
だから、今のところあんまり感情の起伏なく、受け流すことが出来ている感じ。
やはり、己の本音を殺すことが大事なのか。
なにか、見ないふりをしていれば大丈夫なのか?
考えるな!ってことか?
しかしとりあえずは楽な感じになりつつあるので、これを維持できればOKじゃないのかな。にこにこはできるしさ。
突然の心境の変化だけに、いつまた心境が変化するのか分からないのが最大に怖い。
がんばれー。がんばれー。姑といる時の「無」な自分、がんばれー。
なんか、な。
友達に会ったり、妹と遊んだり、実家に帰ったり、旦那と一緒に過ごしたり、していた間に、なんか、落ち着いたのかなー。
今でも姑のことは割と嫌いだし、かーなり鬱陶しいんだけど。
諦めたのが、良いのかな。
「暇な人には敵わない」って。
どうも自分、ちょっと完璧主義な部分があって、無意識に「良い」妻とか、「良い」嫁、みたいなのを目指していたよ。
それは、今でも、できるなら自分を良く見せたいっていう気持ちはあるんだけど…。
その「良く」の部分を変えてみる練習。
「自分にとって都合が良いようにする!」みたいなかんじで…。
自分が気持ちよければ、それでいいんじゃないかと、思ってみた。なんか、無理して、背伸びして、良い環境をつくるんじゃなくて、自分が普通にしてて手が伸びる範囲で、心地よい感じをつくれたら、楽だなーって。
そうしたら、なんか、「私が!私がやりますから!」「だって私の家なんだから!」みたいな部分がちょっとふわーっとしてきた。
「あれ?姑、暇っていうか、時間をもてあましてるんじゃね?」って、改めて思ってさ、そうしたらなんか、私が慌ただしく、いろいろするより、姑がすきな様にした方が、お互いのために良いような気が、今更ながら、した。
ずっと、頭ではわかってたんだけど、プライドとか、「姑嫌いだからやってほしくない!」とか、そういうので、心が硬くなっていたんじゃあないかな。
いいんだ、別に。
姑のこととか、あんまり意識しないようにしよー。
今更、姑の気に入るようにとか考えたりしない。私は私でいいし、そのようにしかできないし、姑に嫌われたって、旦那に気に入られていれば別にいいわけです。
姑に嫌われようが、姑を嫌おうが、一緒に暮らさなきゃならないのは同じ。
だったら、好きなようにするのが、いいじゃんね。
って、腹をくくる、ように。
自分を信頼してみようかなってことなのかなー。
なんか支離滅裂なこと書いているような気がするな。
まあでも、そんな感じのことを、考えたっていう記録ということで。
自分のために、時間がある人をうまく使え!
甘え上手になること!
ふくに、がんばれー。ということ!
友達に会ったり、妹と遊んだり、実家に帰ったり、旦那と一緒に過ごしたり、していた間に、なんか、落ち着いたのかなー。
今でも姑のことは割と嫌いだし、かーなり鬱陶しいんだけど。
諦めたのが、良いのかな。
「暇な人には敵わない」って。
どうも自分、ちょっと完璧主義な部分があって、無意識に「良い」妻とか、「良い」嫁、みたいなのを目指していたよ。
それは、今でも、できるなら自分を良く見せたいっていう気持ちはあるんだけど…。
その「良く」の部分を変えてみる練習。
「自分にとって都合が良いようにする!」みたいなかんじで…。
自分が気持ちよければ、それでいいんじゃないかと、思ってみた。なんか、無理して、背伸びして、良い環境をつくるんじゃなくて、自分が普通にしてて手が伸びる範囲で、心地よい感じをつくれたら、楽だなーって。
そうしたら、なんか、「私が!私がやりますから!」「だって私の家なんだから!」みたいな部分がちょっとふわーっとしてきた。
「あれ?姑、暇っていうか、時間をもてあましてるんじゃね?」って、改めて思ってさ、そうしたらなんか、私が慌ただしく、いろいろするより、姑がすきな様にした方が、お互いのために良いような気が、今更ながら、した。
ずっと、頭ではわかってたんだけど、プライドとか、「姑嫌いだからやってほしくない!」とか、そういうので、心が硬くなっていたんじゃあないかな。
いいんだ、別に。
姑のこととか、あんまり意識しないようにしよー。
今更、姑の気に入るようにとか考えたりしない。私は私でいいし、そのようにしかできないし、姑に嫌われたって、旦那に気に入られていれば別にいいわけです。
姑に嫌われようが、姑を嫌おうが、一緒に暮らさなきゃならないのは同じ。
だったら、好きなようにするのが、いいじゃんね。
って、腹をくくる、ように。
自分を信頼してみようかなってことなのかなー。
なんか支離滅裂なこと書いているような気がするな。
まあでも、そんな感じのことを、考えたっていう記録ということで。
自分のために、時間がある人をうまく使え!
甘え上手になること!
ふくに、がんばれー。ということ!
