以下、この記事は若干、大げさな表現で書かれていることをご了承ください\(^_^)/

___________

パンダ男、多分姑よりも大人だし、私のことも考えてくれてる。

昨日買い忘れた米、今日買いに行くからと伝えたとき、姑はまたしても「一緒に」と言ったんだけど。そのことをパンダ男は最初、「まだかよ!なんでいつも一緒なんだよ!」って怒っていたんだけど(姑が居ないところでね)、そして私も、めんどくさー! ってなっていたんだけど、結局、パンダ男は、さりげない様子で姑を買い物に誘った。

本当は、なんでいつも一緒に行きたがるんだよ! って怒るのが、男らしさとかいうのかもしれない。でも、多分我が家ではそれは通用しないんだってことを、パンダ男は姑との二十年以上の生活で、身をもってわかっている。
パンダ男が怒るのは簡単なことだ。でもそれをしてしまったら、拗ねた姑が面倒だし、その相手を、私がしなくちゃならなくなる。私のストレスは、巡り巡って結局パンダ男も被ることになるんだ。

ばしっと、言ってくれないことにたいして、以前はやきもきしていたけど、今はそれほどでもない。パンダ男は、言うタイミングをしっかりと狙っているんだって、わかってるから。

姑は人の話を聞かないし、都合の悪いことは、都合の良いように解釈する、翻訳機能も持っている。
タイミング良く、しっかりと杭を打たないと、姑の心には響かないんだ。

(とは言っても、姑の奇襲攻撃には反射的に矢を放ってしまうこともあるんだけどな)


ともかく今は、我慢するときなんだ、って、思う。
姑を観察して、折れる部分は今以上に折れて、良いと思うところは吸収して、それでもやっぱり受け入れられない部分は、パンダ男と良く話し合って、姑に伝えなきゃいけない。

このままじゃ、私もパンダ男も、つらい。

自由を求めているというよりも、むしろ、休息を求めている。
そんな感じ。


このままじゃ、本当に子供もできない。
ここに、姑が死ぬまで、三人で生活するのか。

恐ろしいほどの閉塞感を感じるんだよ、ね。