少し前、はるラボで、願いが叶ったときの流れを思い出してみようというワークがありました。
その時はがむしゃらに頑張って叶えたことしか思い浮かばなかった&求められているものは絶対違うと思ったので黙っていたのですが
(悩みの対象に対しての体感が良くなる→引き合うものが変わる→解決という流れで叶っているよね、という話だった)
思い出してみれば、願いが叶ったときは、いつも体感が良くなる瞬間=諦めと開き直り(ってことだと思う。たぶん)が、一緒にあった。
たとえば。
今、特に私は外見について悩んでいませんが、以前は自分の外見が嫌いで仕方がありませんでした。
太っているし、癖毛だし、一重だし。不細工。
だから何もうまくいかない。
可愛くなりたい…
可愛くなれたら、うまくいくのに…(勘違いですが。)
と、思っていました。
このときの可愛いとは、「可愛い系」という意味です。
クール系とか色っぽい系とか爽やか系ではなく、可愛い系になりたかった。
なので、可愛くなるために、いろんなことをしました。
服を研究してみたり、メイクを習ってみたり、ダイエットしてみたり。
「女性として魅力的」になるためにマナー教室にも通い、講師の資格も取りました。
でも、可愛くはなれなかった。
「可愛くなろうとしているその心が素敵」とか、言われても仕方がなかった。
求めてない。
ターニングポイントは、メイク教室の先生に、ハッキリと「あなたは可愛くはなれない」と言われたこと。
「タイプ的に、可愛い系にはなれない。けど、かっこよくはなれる。むしろ、既にかっこいい。人を遠ざけるようなクールさは、あなたの魅力だ。」と言われました。
その時に、諦めたんです。可愛くなることを。
プロの人が言ってるなら、もう、仕方がないんだろう。
かっこよくなれるなら、それでいいのかもしれない。
怖く見られることに悩んでいたけど、これが魅力だというなら、受け入れるしかないんだろう…
あーあ…がっかりー
でも仕方ないかー…
とりあえずそうしてみるか…どうせ他にやりようもないんだし…
現状が良くなるなら、もうなんでもいいわい!
でも、結局その後無理に可愛くなろうとすることをやめたら、「素敵」と言ってくれる人があらわれるようになった。
しっかりしてそう&クールな外見と、うっかり&ボケてる内面のギャップを面白がってくれる人があらわれた。
もう、可愛くなりたいとは全然思わなくなりました。
外見のことで悩むことはなくなりました。
私は美人だ!と思うわけではないけど、これが私の外見だよね。
まあ、いいんじゃんと受け入れる感じ。
可愛くなることは諦めたけど、当時求めていたものは、求めていた以上にしっかり叶った。
今思えば、これこそ「自分の質を受け入れよう」ってことだったんですねー
あの時、ハッキリ言ってくれた先生には、本当に感謝しかないです✨
諦めて叶えたものがあと2つくらいあるので、また書きます