またまたまたまたご無沙汰しておりますニコニコ


お盆はいかがお過ごしでしょうか。




現在私は新しい局面に立たされていて、なんとなく色んなことを明確にしたくない、今はまだ曖昧にしておきたい思いもあり、明確にしようと言う気がおこりません。


抵抗が強い場合は本丸に近づいてる証拠笑い泣き



言語化できない自分をもどかしいと思いつつ、まだ言語化したくない自分を感じることにしました。


私の頭の中?心の中?は常にどうしたい?どう在りたい?問うていて(良くも悪くも自動思考)


その問いはどうしたいの?どう在りたいの?グラデーションを描くようにごく自然に変化していきます。


明確な答えや目標を出せない私に私は苛立っていて、もっとちゃんとしてよ責めているのを感じています。


しかも何かを選択するなら間違えないように、傷つかないように、正しくあるようにと、もっと言うなら損しないように、そう自分自身を導くことが愛情であるかのように考えている私がいます。


そう、、そう思うから選べないんですけどね。

こうして文字に思考を落とすと客観的になれるんですけどね(笑)


先の思考がベースにあるせいか挑戦出来なかったんです。


間違えても良い、傷ついても良い、正しくなくても良い、損しても良い。


できるならしたくないけど(笑)


嫌だけど、リスクはあるかもしれないけど、自分はこうしてみたいっていう意見も採用してみようかと思います。


でもまだピタっとはまる感覚は得られません。


無理に答えを出す必要もないので一旦保留にしました。



話は変わりますが最近娘がディズニー➕に加入したので気になってた映画を観ました。


図らずも黒人の差別解放な映画ばかり。


ドリームは邦題より原題の方が良いですな。


原題『Hidden Figures』の「hidden」は、「隠された」「秘密の」という意味の形容詞。「figure(s)」は名詞で「数字」「形」「人物」といった意味があり(※ちなみに、figureには動詞で「~だと思う」「計算する」という意味もあります)、「Hidden figures」を訳すと、「隠された数字」「知られていない(秘密の)人物」。




どちらもハートウォーミングに描かれておりますが、実際はもっとエグかったんやろなぁと思います。


この映画を観て私はふと何かを得る為の闘いをしたいのか?と言う問いが生まれました。


私はただ自分らしく生きたいだけだ口笛


と瞬時に答えが返ってきました(笑) 


おぉ、、あんなりフォーカシングしてもスカッとせずにいたのは構えすぎてたのか



そうではなく『答えは既に自分の中にある』のに、

答えは『既に自分の中にある』と思っていた。


しかも私は具体的な行動を答えをだと思っていて、答えを探していたけど、『答えはもう既に出ている』のにそれを理解できていなかった笑い泣き


ややこしいね(笑)


これはまたワークの時にお伝えしたいと思います。


次回の内観ワークは9月2日(火)10時からですニコニコ


グループワークはこんな感じでやってます。






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