戦艦ミズーリ号で歴史を見る
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今日からハワイ・パールハーバー(真珠湾)で、新しいアリゾナ・メモリアル・ビジターセンターがオープンするそうです。
今までの長蛇の列が出来ていた小さなチケットオフィスをリニューアルし、お土産用の本屋と教育センター、そしてトイレを拡張したのだそう。
なかなか日本人でパールハーバーに行こうという人は少ないですよね。
でも、私は日本人だからこそ、是非行く価値のあるところだと思っています。
実はパールハーバーには、博物館級のすごい戦艦が停泊しています。
その名前は戦艦ミズーリ号。名前だけなら、聞いたことがあるという方も多いでしょう。1941年~1998年まで世界中の紛争時に働いてきた戦艦です。
本物の戦艦ですから、バズーカ砲など、武器の装備も原型をとどめていて、凄い迫力。![]()
でも、もっとすごいのが、この船、日米の歴史と共に歩んできたその足跡があるんです。
艦内をひと通りぐるりと回ると、甲板に写真とともに説明の立て看板がありました。
見れば、第二次世界大戦の時、沖縄海域にいたこの戦艦ミズーリ号に、日本の特攻隊が突入した跡だというのです。
突入した日本人パイロットはまだ10代の青年で、生命を投げ打って飛行機ごと突っ込んだのですが、敢無く飛行機の機体は潰れ、青年は即死。
戦艦は多少の傷程度のダメージで済みました。
その青年の遺品と名前がそのまま残され、当時の遺体を処理する際の写真まで残っていました。
さらに先に進むと記念プレートが出てきます。
太平洋戦争降伏文書調印式が、東京湾の沖で、まさにこのミズーリ号の上で行われたそうです。
アメリカ側からはダグラス・マッカーサー最高司令官が、日本側からは重光葵外務大臣が出席したことが写真と共に書かれていました。
日本では終戦の日を8月15日として歴史で習いましたよね?
でも、アメリカでは、この降伏文書が調印された1945年9月が終戦の日だということ、初めて知りました。
ミズーリ号はその後、朝鮮戦争や湾岸戦争にも赴き、任務にあたったそうですが、1998年に引退した後は、多くの退役軍人たちの要望で、パールハーバーで博物戦艦として残ることになったそうです。
私、特攻隊の事実を目で見て、もの凄くショックでした。今まさに世界中で起きているイスラム過激派のよる自爆テロと、この青年のしたことは何ら変わりが無かったからです。
当時の日本はテロリスト国家ではありませんでしたが、戦争末期、天皇の勝利を信じ、亡くなっていった若者たちの悲劇に思わず涙しました。
世俗的でないハワイを旅行をしたい方や、小学生のお子さんの夏の自由研究に平和研究を考えておられる方には価値あるところだと思います。
何だか、今日はシリアスな内容でしたね![]()
では、今日も良い一日をお過ごし下さいね♪Enjoy yourself![]()
Mahalo~![]()



