こんにちは。
おとんです。
昔話をします。
私が小学生の頃祖父や祖母から「戦争ではこんなにもあんな人が
亡くなって」とか「旧ソ連に捕虜として捕まってあんなことや
こんなことをされた」という話を聞きました。
私の親からはそんな祖父母から「ウンウンカンヌンで
自分を認めてくれなかった」とか「自分のことをほったら
かしにするのは当たり前な感じだった」というような話を
聞きました。
そして私は「お前は劣等生だ」とか「どうでも良い」
存在というようにに言わたことがありました。
私が親から劣等生だと言われたこと自体はとても辛くて
強く反抗したこともありました。
しかし、あるとき、これって負の連鎖やなって気づきました。
私は幸いにも国際関係に興味を持ち、時代や洋の東西問に
関わらず政治、経済、文化を長期的な視点に立ち見ることで、
今の時代の雰囲気や人々のあり方を自分なりに理解することが
できました。
そのことをきっかけとし、なぜ私の親はああであって、私の
親の親はああであったのか?ということに思いを馳せることが
できるようになりました。
そういう風に思うようになると、「俺はあんなこと言われて
辛いな」と思っていたことを相対化できるようになりました。
相対化って何ですか?というと、簡単にいうと、
そりゃ~同じ年やったらきっと俺もそう思うやろうなと
親の親のそして親の世代の方の心情に対して時代背景を
踏まえて共感できる要素があるなと思えるようになった
ということなんですよね。
今ここにある私は私の自由意志で誕生している訳ではなく、
幸運にも生まれることができた存在です。
そこに愛があって欲しいですが。
ですから、存分に謳歌したいと思います。
そして辛い時代を生き抜いてきたお祖父さんやお祖母さん、
父や母に命を繋いでくれてありがとうと心から思いました。
同時に、「あいつがああだから嫌だ」とか「あれがこうだった
らな」ということも「まぁええか」と思えるようになりました。
そうなると、ほんとに色んなことに「まぁええっか」と思えて
ずいぶん気持ちが楽になりました。
今・ココで感じる辛いことも、少し長期的な視点に立てば
また新たな気づきがあり、享受できる喜び、幸せの質も変わる
かもしれませんね。
ふとそんなことを思い出しました。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます^^
おとん。
おとんです。
昔話をします。
私が小学生の頃祖父や祖母から「戦争ではこんなにもあんな人が
亡くなって」とか「旧ソ連に捕虜として捕まってあんなことや
こんなことをされた」という話を聞きました。
私の親からはそんな祖父母から「ウンウンカンヌンで
自分を認めてくれなかった」とか「自分のことをほったら
かしにするのは当たり前な感じだった」というような話を
聞きました。
そして私は「お前は劣等生だ」とか「どうでも良い」
存在というようにに言わたことがありました。
私が親から劣等生だと言われたこと自体はとても辛くて
強く反抗したこともありました。
しかし、あるとき、これって負の連鎖やなって気づきました。
私は幸いにも国際関係に興味を持ち、時代や洋の東西問に
関わらず政治、経済、文化を長期的な視点に立ち見ることで、
今の時代の雰囲気や人々のあり方を自分なりに理解することが
できました。
そのことをきっかけとし、なぜ私の親はああであって、私の
親の親はああであったのか?ということに思いを馳せることが
できるようになりました。
そういう風に思うようになると、「俺はあんなこと言われて
辛いな」と思っていたことを相対化できるようになりました。
相対化って何ですか?というと、簡単にいうと、
そりゃ~同じ年やったらきっと俺もそう思うやろうなと
親の親のそして親の世代の方の心情に対して時代背景を
踏まえて共感できる要素があるなと思えるようになった
ということなんですよね。
今ここにある私は私の自由意志で誕生している訳ではなく、
幸運にも生まれることができた存在です。
そこに愛があって欲しいですが。
ですから、存分に謳歌したいと思います。
そして辛い時代を生き抜いてきたお祖父さんやお祖母さん、
父や母に命を繋いでくれてありがとうと心から思いました。
同時に、「あいつがああだから嫌だ」とか「あれがこうだった
らな」ということも「まぁええか」と思えるようになりました。
そうなると、ほんとに色んなことに「まぁええっか」と思えて
ずいぶん気持ちが楽になりました。
今・ココで感じる辛いことも、少し長期的な視点に立てば
また新たな気づきがあり、享受できる喜び、幸せの質も変わる
かもしれませんね。
ふとそんなことを思い出しました。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます^^
おとん。
