映画  こちらあみ子をU-NEXTで見ました。


こちらあみ子



私には子供がいないのですが、なぜか家族や子育ての映画やドラマに目が行きます。


あみ子は継母と暮らす少女です。

明るく、活発で、ハツラツとした元気少女。

発達障害のあるパワフルな小学生です。


だけど、天真爛漫な少女として扱われるのはわずか数年。

空気を読まなくても生きていける年齢には限界がある、とこの映画で知らされます。

この部分がとてもリアルで重く感じてきてしまうのです。

このギリギリを過ぎてから 本人よりも家族が大変な試練を迎えます。


あみ子は何も変わらないのです。

言いたいことを言うし、教室でもオバケなんてないさを歌う。


でも、同級生や周りの大人はいつまでもニコニコと許してはくれないのです。

失礼な物言いや態度は、叱ったり教えたりしてもあみ子は学べないからなんです。


そうして、段々孤独になる。

でも、あみ子は自分が孤独である事も分からない。

 スキップの仕方も教えてもらえないのでずっと自己流。

お前のスキップは地団駄だ、と言われる。


  海が見えるシーンが多く、私も地元の海を思い出します。

子供の頃、あんなふうに海を眺めていたな。


あみ子の幸せって何だろう。

周りが思う幸せと、小学生のあみ子が感じる幸せとは全く違うのではないかと思いました。


都合よく、世間に丸め込まれたあみ子は

「こちら、あみ子」!

と無線機に問いかけるほど孤独だったのかも知れません。



私が家族だったら、あみ子の兄だったら、同級生だったら。


そして、親だったら。

自分以外の人の気持ちになって、幸せを考えるなんて中々出来ない。


自分が経験した幸せが、必ず幸せだと思ってしまう。

誰かの立場になるって、本当に凄い事なんだと感じました。


あみ子が今、自分なりの幸せを感じて生きていて欲しいと思います。




何度も一時停止をして、巻き戻して、色々な立場で考えてみました。


本人よりも周りが、どんどん弱っていくのです。

でも、例え本人が元気でもいつかは歳をとります。

親も、兄も同級生も。

否応なく、腰が曲がったり声が小さくなったり。


だから、あみ子は自分の世界を存分に生きている分 幸せなのだろうと思いました。


他人に遠慮して120歳まで生きるより、活発な青春を満喫したほうがいいかもネ!


なんて。


しかしながら、私のプロフィールにもあるように

私という人間はTWDが大好き♡

(ウォーキングデッドというドラマ)





そして、9月にはダリル・ディクソン3が配信です!


何でホラーにはまるかと言うと、現実と非現実を完全に分けて感じるからです。


スプラッター映画や殺人鬼や、ジャパニーズホラーはあまり見ません。


私はゾンビやウォーカーを見たことはないですが、身内の死化粧などは何度もしています。

叔母さんとか、祖母とか。


だから、映画は本当にフィクションとして見ているのだと思います。


ダリルファン!楽しみですぞ。😊

スペイン編で冒険しましょう!!