二年ぶりに
「ろくべえ」なるものを食べた。
九州は長崎県、
対馬に帰省した。
対馬には18年間住んでいたが、
ほとんど学校と家の行き来だったので
この機会に、あちこち対馬観光に行ってきた。
その一つが、
滝良山の中腹にある
「鮎もどし自然公園」

下流側

上流側

遠くに見えるは、
清流橋

帰りに食堂に寄った。

むっちゃ美味しかった
でも、何処行ってもハングル文字との共存。
やはり、国境の島「対馬」やね
今年12本目の映画鑑賞。
6月21日公開の
「超 高速参勤交代」を観に行った。

【ストーリー】
8代将軍・徳川吉宗の治世下、
東北の小藩・湯長谷藩は幕府から突然、通常でも8日かかり、
さらに莫大(ばくだい)な費用を要する参勤交代をわずか5日で行うよう命じられる。
それは藩にある金山を狙う老中・松平信祝(陣内孝則)の謀略で、
弱小貧乏藩には無茶苦茶な話だった。
藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)は困惑しつつも、
知恵を絞って参勤交代を完遂させようと作戦を練る。
通常でも8日かかる参勤交代を5日で行うよう幕府から無理難題を押し付けられた小藩が、
奇想天外な作戦の数々でピンチを切り抜けようとする時代劇。
資金も人数もない中、藩と領民を守るため藩主が奮闘する。

西村雅彦さん・・・いい味出してましたよ。
腹を抱えて笑っちゃいました

深恭ちゃん、
いつ見ても綺麗だねえ~
いや~、映画って本当にいいもんですね
公開されたら、すぐ映画館に行きましょう
先日、
三重県は久居にある
「かざはやの里」に行ってきた。

あじさい祭りである。

一面のあじさいの海。。。。きれいだ!

【 ウズ 】


【 スカイブルー 】

【 セルマ 】

【 ピンクてまり 】

【 出店 】

【 マリンブルー】

【 伊予冠雪 】

【 ツカサブルー 】

【 チャプリット 】

【 墨田の花火 】

【 恋路ヶ浜】

【 青あじさい 】

【 河童 】

怪しい~!
やっぱ、花はいやされるね
長崎の壱岐で同窓会があり、
真下を走るのは、
その帰りに、博多で一泊。
翌日、福岡タワーに行ってきた。
天神から、地下鉄空港線姪浜行きの乗り、
約10分、西新駅に到着。
前出のサザエさん通りを百道浜に向って歩くと、
見えてきました福岡タワー。

高さは、234m。
日本で三番目に高いタワーだとか?

インターネットクーポンで
800円が、720円に。。。。
いざ、タワー内へ

展望室は、123mの高さにあり。
昨夜行った、福岡ドームが見える。

真下には、ももち海岸。
向こう岸に見える、海の中道公園へ行く
フェーリー乗り場が見える。

福岡都市高速環状線
タワーを降りて、
シーサイドももち海浜公園へ

いや~、いい眺めだね

福岡に行ったら、寄ってみんね
今日は、ソフトバレーボールの市の大会があった。
戦績は、1勝3敗2引き分け
いや~、勝つぞ~
っと、熱い思いはあるものの。
気持ちとは裏腹に、体は動かず
今日の最高気温は、32度
体育館は、冷房もなく、蒸し風呂
いや~、熱い暑い><;
長崎県壱岐市で同窓会があり、
その後、福岡県が造園を着工し、
公園の池の中央を散策できる、中道がある。
いい眺めだぁ!
その帰り、博多に一泊。
折角なので、次に日、
飛行機の時間も余裕があることだし、大濠公園にいってきた。

大濠公園と言えば4、「長淵 剛」
夜のとばりがおりるころ
二人で歩いたね 夕暮れの大濠公園
あれから夜があけるまで
人生論を語りあかしたね

池を周回する園路は周約2kmで、
足に優しくジョギングに適するといわれるゴムチップ舗装や、
距離表示等が整備され、
ジョギングやウォーキングの場として活用されています。

黒田長政が福岡城築城の際、
当時博多湾の入江の一部だったこの地域(草ヶ江と呼ばれていた)を埋め、
福岡城の外濠(大堀)として城の護りとしたのがその名の由来とか。
その後、福岡県が造園を着工し、
昭和4年に開園したのが現在の大濠公園だ。
日本でも有数の水景公園で、
夏には花火大会の会場としても知られる。



いくつもの橋を渡り、
ゆっくり散策しながら歩けば、
一時間は掛かるだろう。
いい公園だね。
二年ぶりに、対馬に帰省し
いや~~いい景色だねぇ。
韓国まで約50km。
【 朝鮮通信使 】
【 朝鮮国殉難の碑 】
碑の前には、ご供養のお金が備えてあった。
天気のいい日は、こんな夜景も見られるんやねえ。
初めて、韓国展望所に行ってきた。

あの男の人は、通りすがりの日本人です。

天気のいい日は、韓国が見えるとか?

元来、朝鮮通信使は、信(よしみ)を通わす使いというわけで、
隣国と好(よしみ)を修めることを目的として始まったことです。
故に、朝鮮よりの使者にたつ人は、豊かな文才を備えた人が
選ばれていました。
秀吉の死後、徳川家康の命により、
宗義智は、朝鮮への調和交渉を命ぜられ交渉を開始しました。
交渉は難航しましたが、
1607年に、第1回の朝鮮通信使が、日本への回答兼刷還使として、
朝鮮より来日しました。
朝鮮からは、正使として、呂祐吉ら一行504名が、
江戸にて、徳川家康、秀忠に会見しました。
以降、1811年まで、12回の朝鮮よりの通信使が
日本を訪れる事となりました。
通信使外交は、1811年で最後となりましたが、
対馬と朝鮮との外交は、明治維新まで続きました。

【 韓国との架け橋 】
韓国と日本、島国の日本から見ると対馬は大陸への玄関口です。
歴史を振り返ってみますと、対馬は朝鮮半島に近い地理的関係から
古より、両国の中継地として日本と大陸との架け橋となっていました。
対馬と韓国との親善、産業交流を盛んにする為に、
平成元年上対馬町が第3セクター方式により
対馬国際ラインを設立し、韓国の海の玄関口、釜山と上対馬町を1時間30分で結ぶ、
旅客船「あおしお」を不定期に就航させ、
「上対馬町国際交流協会」の活動に重要な役割を果たしました。
現在も日韓交流の拠点となるべく、対馬各地で韓国との交流行事が
盛んに行われ、祭りやイベント、ホームスティなど、
活発な交流が行われています。

1703年2月5日、宗氏の藩主のお祝いに韓国の釜山から、
対馬に向かっていた韓国の使節団108名が乗った船が、
対馬到着直前に突然の嵐に襲われ、
全員が痛ましい死をとげた。



今日は、残念ながら、釜山は見られなかった。
いつの日か、きれいな釜山の夜景を見たいものだ。
先日、長崎県壱岐市で中学校の同窓会があった。
その帰り道、博多に寄った。
出かけたのは、百道の福岡タワー
だったが、途中の西新町に何とサザエさん通りがあった

ここは、全国で二番目のサザエさん通りだそうだ。

そしてしばらく歩いて行くと、
磯野広場があった。

サザエさん発案の地
「サザエさん」の原作者、長谷川町子さんは、昭和19年~21年にかけて、
福岡市(現在の西新3丁目)に住んでいました。
右の漫画にあるように、百道の海岸を散歩しながら、
サザエ、カツオ、ワカメ等の登場人物を考案し、
昭和21年4月創刊の夕刊フクニチ新聞(~平成4年休刊)に
漫画「サザエさん」の連載が始まりました。
当時は、この辺りが海岸線でした。

長谷川町子さんは、平成4年72歳でこの世を去り
2ヶ月後に漫画家として初の「国民栄誉賞」が贈られました。
おめでとうございます

あと、500m歩くと、福岡タワーだ。
いや~、いいもの見せてもらったなあ
2年ぶりに対馬に帰省した。
博多より、韓国の方が近いもんね。
ここで、18年間過ごしたばってん、対馬のことはあんまり知らんと。
初めて色々な観光地?に連れて行ってもらった。
今はもう終わってしまっただろうか?
あじさい祭り。
「あじさいロード」というのがあり、
あじさいと海を見ながら、海沿いをクル~ジン



あじさいロードの途中に、
「異国の見える丘展望所」があった。

ここは、上対馬。

釜山までは、約50km


今日はあいにくの曇り空。
残念ながら、韓国は見えなかった。
でも、いい景色。
最高やね対馬!

もっと、本土の人たちに来て見て感動して帰って欲しいなあ
って、思っているのは、俺だけかぁ