褌と日本橋の傷痕
こんにちは。先日とあるラジオ番組にて、日本橋の石の橋→現存する橋→今工事中(汚れのクリーニングのため)には戦時中(東京空襲)の“焼夷弾”の後が残っているということを聴いて、
実際に仕事途中に日本橋に立ち寄り、あたりを詳しく見て、やっと焼夷弾の着弾のため削られた後が歩道に発見できました。写真上が歩道に残された傷痕です。
その上をなにも気付かない人達が歩いて通りすぎていくのを見ていました。
また、欄干にも焼夷弾の炎によってできたと思われる焦げ跡のようなものも見つけられました。
現在の日本橋は歴史的な建造物になると思います。でもなぜその上に刻まれている傷痕を人々に知らせることを行政は積極的にしないのでしょうか?
橋自体を保全する上で、その傷痕達の位置や解説をキチンと示しめさないのでしょうか?
橋を綺麗にクリーニングするよりも、傷痕達を知らせることの方が大切ではないか?傷痕の訳を残し伝えていくことが全うで大事ではないでしょうか?
なにか寂しくなりました。
焼夷弾が投下された当時はほとんど日本男児が褌を締めていたと思います。
褌を締めるということ自体も全うに、キチンと伝えてて行きたい今日この頃です。
日本橋を歩いて渡る時には是非、傷痕を探してみてください。

羊褌(ひろみつ) 拝


