たった今、「作曲家・遠藤実さん死去」の記事を書き終えました。
若い世代の人たちはあまりご存じないかも知れませんが、「北国の春」
「せんせい」「高校3年生」「星影のワルツ」「くちなしの花」などのヒット曲を
世に送り出した戦後日本の音楽界を代表する作曲家でした。
独学で作曲法を習い、生涯に5000曲以上を作り、晩年は日本作曲家
協会会長も務めていた人でした。
ただ、これだけ誰もが知っているような有名な曲を作りながら、
レコード大賞を受賞した曲が1曲もないので、以前「作曲生活50周年記念
コンサート」を取材した際に、聞いてみたことがあります。
少し意地悪な質問にも関わらず、遠藤さんは笑いながら答えてくれました。
「僕はヒット曲を作りたいのではなく、誰もが知っている曲を作りたいのです」
当時、まだ青二才だった僕は「単なる負け惜しみ」という風に感じて
いましたが、今だに歌い継がれる遠藤さん作曲の数々の曲を見ると、
「ヒット曲」とは何なのか、「誰でも知っている曲」とは何なのかということを
深く感じてしまいます。
「日本人の老若男女誰もが歌える歌が無くなった」と言われるように
なってから久しくなります。
かつては、レコード大賞の受賞曲は、日本人の誰もが歌えるという
時代が確かにありました。
今はどうでしょう?去年のコブクロの「蕾」、一昨年の氷川きよしの「一剣」、
そして3年前の倖田來未の「Butterfly」をどのくらいの人が知っている
のでしょうか?
僕自身としては、「蕾」は歌えますが、「一剣」と「Butterfly」はサビ位しか
知りません。(Perfumeの「Butterfly」はめっちゃ知ってますが…)
でも、それはそれで仕方がない事なのです。
これだけ性別、年代における「歌の多様化」が進んでしまった、現代の
音楽シーンにおいては「誰もが知っていて歌える曲」の出現は不可能な事
なのかも知れません。
毎週のようにヒットチャート1位の曲が変わり、ヒット曲が「消費」されていく
現代では…。
でも、作曲家は新しい「ヒット曲」を世に送り出していきます。
そして僕は、新しく生まれてきた「ヒット曲」を聴き続けていきます。
今日も、そして明日も…。
日本人の誰もが知っていて歌える「国民曲」でなくても、自分自身の中で
いつまでも歌い続けられ、記憶や思い出に残っていく曲と出会うために…。
20年以上前に買ったレッド・ツェッペリンやボストン、大瀧詠一、山下達郎、
ユーミンなどのCDは今でも聴いています。
たぶん70歳になっても聴いていると思います。
20年後の僕は、Perfumeの「ポリリズム」を聴いているのでしょうか?
まだまだ先、遠い遠い未来の話ですが…。
皆さん自身にとっての「歌い続けている曲」って、何ですか?