赤ん坊が倒れている。泣いてはいないが、息をしているようだ。寝ているのではなく、顔を歪めている。私は赤ん坊の足の先から毛のてっぺんまで、見て、「やはり、人間の赤ん坊らしい」と確信する。ふいに音がした。向こうから、車が走ってくる。運転席に座る人の顔はわからない。ひどく耳鳴りのする天気だ。霧なんてでていないが、悲しいにおいのする夜でもあった。車は赤ん坊の上を走っていく。私はまだ赤ん坊を見ていた。赤ん坊は、鼻水を垂らしている。車はどこかへいってしまった。街灯には、虫が数十匹踊っている。「何してるの?」高校の同級生に似た顔がいた。「佐藤さんに似てる」女性は笑う。「私佐藤だけど?」なるほど、あながち私の記憶も捨てたもんではないらしい。佐藤さんは赤ん坊を見る。「うん。寝てる?」「僕は寝てるさ」私が答えると、佐藤さんは困った顔をした。「いや、あの人」赤ん坊を指して言う。「まあ、寝てそうだけど、よくわからないよ」「確かめないの?」佐藤さんはゆっくりと空を見上げて、目を細めた。「なるほどね。佐藤はわかりました。一体、この人が何をしているのか」私は無感覚に反論する。「何かをしてるなんて、決めつけるなよ!佐藤!」佐藤さんは、私のことを思い出したようだった。「たしかに同級生なんだけど、名前が思い出せない。でも、この数学的頭は記憶にあるね」私は佐藤を無視して、赤ん坊を見た。かすかにまだ動いているが、弱っているようだった。「あなたの子供でしょう?」佐藤は、静かなはっきりした声で言った。私はぼんやりとしてしまう。いつもの癖だ。佐藤は赤ん坊を抱きかかえて、私に見せる。「誰に似てる?」「ドラえもん」佐藤はうなずく。「そう。学生時代のあなたはドラえもんというあだ名だったよね」私は懸命に考えるが、ドラえもんは22世紀からやってきたはずだ。21世紀に生きる私たちが知っているはずがない。「佐藤!デタラメ言うな!」私は感情的になったふりをして、怒鳴る。佐藤は本当に幸せそうに笑った。「ドラミちゃんはどこ?」20分沈黙。赤ん坊を抱いて、佐藤はいつのまにかいなくなっていた。20分時計を見ていると、少し目が疲れていた。