たまたま仕事でご一緒することになったご縁で
著者からいただいたのが
『ためらいと決断の哲学』(青土社)
です。
(私だけもらったのではなく、
いっしょに仕事しているみんなが
もらったのですが。)
複雑な問題を
いろんな視点から考えると、
そう簡単に、きれいな答えはでない。
こう考えれば、こういう結論になるが、
違う角度から考えれば、別の結論になる。
1つの答えをバーンとだせれば、
かっこいいのかもしれない。
でも、そういう態度に
ためらいを感じる。
どうしても
ゆらいでしまう。
だったら
ためらいをなくすのではなく、
それを受け入れて、考え続け、
生きていくことを決断する。
「ためらうけれども決断する」
のではなくて
「ためらいながら考え、生きていくことを決断する」。
この態度を基本に据えて、
因果関係の問題と倫理の問題を考えるのが、
本書のテーマです。
「人生視線」と「宇宙視線」が
キーワードです。
日常生活を送るときの
平凡なわれわれの視線が
「人生視線」。
永遠の時間や、宇宙の始まりから終わり
までを思い浮かべながらの視線が
「宇宙視線」。
この2つの視線が
ためらいとゆらぎを生みます。
でも
それを引き受けることを決断すれば、
「浮動的安定」
という状態にいたる。
内容は一応このようにまとめられますが、
具体的に文章を読んでいると、
著者と一緒に仕事をしているからなのでしょうが、
一人の人としての姿が、
悩みや不安、怒りや喜びを日々感じながら生きている姿が、
目に浮かんでくる著作です。
ガガンボらしき虫を
「害虫」と勘違いして
殺してしまった後悔。
愛犬や愛猫を亡くしたときの
自己描写。
功利主義が
「最大多数の最大幸福」
を目指すのだから
「大福主義」と呼ぶべき
などの、
茶目っ気のある提案。
著者のチャーミングなところが
こういった箇所から感じとれます。
ペットの捉え方に関して
「返礼モデル」という独自の捉え方
を提唱しているのですが、
こういう人がこの世にいるのか
と思うと、
世の中、まだ捨てたもんじゃない、
と元気もでます。
けれど
自分が唱えた返礼モデルも
自分でその限界を指摘して、相対化します。
ためらいは
徹底されます。
ちなみに
犬儒派の始祖
シノペのディオゲネスの末裔
を著者は自称します。
犬を尊敬しているからです。
たんなるポーズではなく
ほんとに尊敬しているのです。
『いのちとリスクの哲学』(ミュー)は
主に「人生視線」をもとに
災害避難の問題や動物倫理の問題をあつかった著作ですが、
同じく、「一ノ瀬さん」という人が感じられます。
(こちらは自分で買いました。)
哲学者には変人が多い
というイメージがありましたが、
そのイメージが変わったのも
著者との出会いでした。