消えた日本のショアフィッシング③ 〜投げ縄釣りの終焉と変遷 | 千葉房総でソルトウォーターフライフィッシング

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趣味のブログです。千葉市在住。普通にフライで魚が釣りたい。フカセやルアーなどの磯釣りも好きです。

投げ縄釣りの終焉と変遷


ここでたたき釣りの話しを多少すると、竿は浦曳同様長いのですが、縄が短く、また浦曳同様、角は使わないのですがバケと合わせてドジョウを擬似として使うという特徴が有ります。







大原の餌しげ釣具の白鳥さんから伺った見解では、もともとドジョウを使う釣りだったが、ドジョウは確保に手間がかかり、いつでも用意できるバケも併用されるようになった、と話しをされていましたが、真相はいかに。


しかしながら、いずれの釣りも衰退して消滅していくことになります。そして新しい釣りに置き換わって行きます。


おおなわ釣りは弓角をスピニングリールで遠投し青物を狙うサーフトローリングに置き換わったという理解でほぼ間違い無さそうです。プラスチック製の弓角は今でも釣具屋で売られています。この釣りの本場は湘南エリアと理解しています。


たたき釣りもスピニングリールを使ってバケやドジョウを遠投し主にスズキやヒラメを狙う釣りに置き換わりました。現在はドジョウのたたき釣りとして外房エリアでごく少数の方により続けられていますが、消滅が懸念される釣りです。なお今年になってドジョウのたたき釣り師の方にお会いしてお話しさせてもらえました。ドジョウ捕まえるの大変じゃないですか?と聞けば、今はネット通販で買えるそうです。





おおなわ釣りが消滅して行く経過は前述「江戸時代からの釣り」に詳しいですが、大まかには、手軽なサーフトローリングが流行して釣り人が浜に増えると、おおなわ釣りは危険なため行われなくなった。という経緯のようです。


一方の浦曳は35年前まで行われていたということが驚きです。縄を使った、たたき釣りが消えた時期は分かりませんが、おおなわの消滅時期は昭和40年頃と記憶されていて、その後25年間も打ち縄の釣りは和田浦などで続けられていたことになります。


ここで永田氏著「江戸時代からの釣り」のなかで最も印象深かったところを引用します。

「近代的釣具による釣り方の進化によって、約170年間続いた日本古来の大変面白い釣り技法が、あえなくも消滅してしまったのである。「おおなわ」釣りは鉄砲打ちと釣りを合わせたような、本当に面白い釣りだった。そういう釣りを味わったことは仕合わせだった、というべきだろう。(中略) なお付言すれば、おおなわ釣りから角の投げ釣りへの転化は、決して釣りの進化とか発展とはいえまい。」


和田でお話しいただいた方も同様に、楽しくて、そして美しい釣りだったと語られています。


フライフィッシングに関して言えば、

打ち縄とは別の釣りで、連続も関係もしていません。別々に発生したそれぞれ独自の釣りです。全く別の釣りだとして、「ソルトフライフィッシング」としては日本の釣りの方が歴史は長そうに見えます。或いは角に関しては、擬似針としての縄文時代の骨角釣り針まで連続するのかもしれません。

ヘミングウェイも日本のバケを手に取り驚嘆したようです(あしからず、私はネトウヨではありません)


長いフライロッドを振り回して、磯やサーフで毛針を投げている私自身、投げ縄と似たことをやってる感覚が有り、見聞き経験した人も同じ釣りと見えるようです。


とかくソルトフライをやる自分など、海で毛針で釣ることは無謀なチャレンジを気取りがちですが、欧米はともかく、日本ではずっとそれをやってきた歴史が有って、魚はそれで充分釣れて、今は単にそれが途絶えてしまっただけだということです。決して無謀なチャレンジでは無い。


魚が昔は多かったとは言え、30m飛ばせば毛針で普通に魚は釣れる。毛針もパターンはほぼ1種類で、せいぜい色とサイズを変える程度です。そんなにこだわったフライが必要とも思えません。この辺りがソルトフライフィッシングへの何かしらのヒントを感じます。


ここで語られた、消えてしまったこの釣りの楽しさと、恐らく同じ楽しさを自分も感じられています。この楽しさがもう少し理解されればいいのになと感じます。


おわり


余談としまして、譲り受けた浦曳の縄、ツノと竿を館山市立博物館に寄贈したいと思い、学芸員さんに相談させてもらいました。

結論はやんわりと断られました。😅

漁具とは違い釣り道具としての価値しか無いようで、釣具博物館とか、もしあればそちらに持って行くことを薦められました。

写真は、たたきバケと

スピニング遠投用のたたき浮きです。

ドジョウのはりのつけ方は、海のルアーフィッシング 小高一郎・多岐淳共著 西東社 1983から転載しています