先頃、歌手の弘田三枝子さんが亡くなられましたが、私は7月28日の新聞記事で見てビックリしました。
先週のサンソンで、山下達郎さんが言ってたように、メディアにはその事があまり出ていませんでした。
その日は、山本寛斎さん死去のニュースが大きく取り上げられていて、私が観ていたテレビでは、全く出ませんでした。
新聞も、地方紙ですが、山本寛斎さんの大きい記事の下に載っていて、普通の人よりは、写真もあって大きい方ですが、なにしろ寛斎さんの記事に圧倒されて、見逃すところでした。
それにしても、テレビで取り上げられなかったとは驚きです。
山下達郎さん曰く「戦後最高の力量を持つシンガーの1人」である弘田三枝子さんの訃報について、全く伝えないとはちょっと寂しすぎませんか?
もし、山本寛斎さんと同じ日の発表でなければ、テレビのニュース・情報番組で取り上げられたのでしょうか?
たまたま私が見なかったのでしょうか?

弘田三枝子さんといえば、私が子供の頃、アメリカンポップスのカバーを、パンチのある歌声で、歌っていました。当時は、日本の若い歌手達は殆どアメリカンポップスのカバーを歌っていました。
ミコちゃんこと弘田三枝子さんは、特に迫力があって印象に残っています。
ヴァケーションなどは、コニー・フランシスよりいいな。
「子供ぢゃの」は、ヘャピロよりミコちゃんの方を先に聴いたような気がします。
「悲しきハート」にいたっては、元は誰が歌っていたかも知らず山下達郎さんがラジオで教えてくれて初めて知りました。
コニー・フランシスやヘレン・シャピロは、日本でもヒットした曲が、色々ありますが、このスーザン・シンガーという、シンガーは知りませんでした。

やっぱり弘田三枝子さんの方に馴染みがあります。
スーザンさんのを聴いてみたのです。

アメリカンポップス時代も終わり、数年後「人形の家」で再びブレイクするミコちゃんですが、容姿もすっかり変わってしまって、もうミコちゃんはそこにはいませんでした。



……となりのおじさんステキだけど 今でもガムを買ってくれるから キライ ……

よく覚えている歌詞です。
子供扱いしないでってことね。




良き時代のお姉さま方です。
カバ-ソングもまた良し!ってか……


弘田三枝子さんは、7月21日に亡くなられたそうです。
今は、やはり「人形の家」の弘田三枝子さんですかね。
ご冥福をお祈りいたします。







 
やっと梅雨が明けました。
スッキリしたところで、明るい曲を聴こうかな。
昔ヒットして、よく聴いたけどレコードはなくて、カセットテープのみに残っている曲。
わりと一発屋的なものが多いかもしれません。その第2弾です。


1曲目はイタリアのジャン
ニ・モランディ

「サンライト・ツイスト」

当時人気のカトリーヌ・スパーク主演の映画「太陽の下の18歳」の挿入歌でした。
タイトルにもあるようにツイスト曲です。めちゃツイスト!!
作曲は、つい先日亡くなったイタリア映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネです。 
 夏にピッタリな曲。日本でも大ヒットして、ラジオからよく流れていました。


1966年ミュージック・ライフ5月号にはジャンニ・モランディさんのこんな写真が。



原題は、ゴーカート・ツイストですね。




🎵次はスペインのグループ、ロス・ブラボーズです。
この「ブラック・イズ・ブラック」は、全英2位、全米4位の大ヒットとなりました。
覚えやすくてインパクトのある曲なので、今でもよく覚えています。






 







60年代、70年代に活躍した若いミュージシャン達は、今でも活動している人もいますが、中でも二十歳前後の少年ミュージシャンがたくさんいました。
まだネット社会でないときは、その後どうなっているのかわかりませんでした。

やっとネットで検索できる環境になって、そういえばあの人は今、どうしているんだろう?
と調べてみると、悲しいことに、すでに亡くなっているミュージシャンも少なくありません。
まだ天国行きには早すぎる人ばかり。

ここに取り上げる「アイアン・バタフライ」の若きギタリスト。エリック・ブランもその一人です。




ガ・ダ・ダ・ビ・ダを
レコーディングした頃は17歳だったとか。







ミュージシャンは、長いツアー続きで身体を壊すことが多いのかもしれません。






もしご存命ならば70歳ぐらいかな? あー残念だ。
バーネットの「少公子」みたいなイメージだったなあ。