
4月22日(土)は、関西現代俳句協会総会並びに講演会へ行ってきました。
ご講演は高野ムツオ氏による「大震災が教えたこと ー狼の絵に出会ってー」でした。
講演の前半には、高野氏が許可を得て二度、原発事故後現在も避難指定区域の浪江町などに足を運ばれた折の、ご自身が撮影された貴重なお写真を見せてくださいました。
勧告を受け、取るものも取りあえず避難した様子、そしてそれがそのまま風化していく様子などが次々と映し出され、胸が締め付けられました。
さて、表題にある狼の絵とは、白狼を神様の一番の使いと考え、狛犬も狼の、福島県飯舘村に鎮座する山津見神社(やまつみじんじゃ)の天井にはめ込まれていた242枚の狼の絵(明治37年)のこと。
飯舘村も避難区域ですが、避難先から訪れる村民のために、神社には神主ご夫妻がお住いでした。そして2013年4月に火災がおこり、避難区域でなければボヤですんだであろう程度のものが、周りに誰もいないがために消火活動が遅れ、全焼してしまいました。
天井画も焼失してしまいました…が、たまたま一年前にニホンオオカミ研究家が画を写真に撮っていたため、それを元に、東京芸術大学院生らの手によって復元することができたのです。
詳しくは…⤵
高野氏はその復元された狼の絵に出会われたのです。
高野氏は、狼の詠まれた次の10句
狼の声そろふなり雪のくれ 内藤丈草
狼のごとく消えにし昔かな 赤尾兜子
狼に逢はで越えけり冬の山 正岡子規
狼の群に入らばや初時雨 寺田寅彦
狼のおくる山路や月夜茸 中 勘助
絶滅のかの狼を連れ歩く 三橋敏雄
山河荒涼狼の絶えしより 佐藤鬼房
おおかみに蛍が一つ付いていた 金子兜太
狼を神とし祀り山凍る 岡田日郎
狼は滅び木霊は在ふる 三村純也
を参考資料にあげて、狼についてのお話をされました。
狼のイメージを一言で言えば「怖い」ですが、713年の風土記に
昔、飛鳥の地に老狼がいて、人が食べら
れた。土民は恐れて、大口の神(大きな口
の神)として崇拝した。
とあり、万葉集には、
大口の真神の原に降る雪はいたくな降りそ
家もあらなくに
と詠まれている。また「狼川(おいかわ)」や「狼谷」などの地名に残し、気をつけるようにと喚起しつつ、尊んできた。昔の日本人は怖れるものを崇拝した。
しかし、ニホンオオカミは絶滅。1896年に奈良県東吉野村で捕まって剥製にされたのが最後と言われている。それは、狂犬病を恐れたのと、馬も襲うので軍馬を育てるには邪魔で、害獣と認識されたため。
参考資料にあげた句の前半五句は生きている狼が詠まれており、後半はいなくなった狼を詠んだもの。
狼に逢はで越えけり冬の山 正岡子規
この句は、もう伏せっている時期の句なので、思い出の句。「逢」という字を使うのは「会ってみたいものだ」という気持ちの現れ。子規は他にも15句位狼を詠んでいる。
狼のおくる山路や月夜茸 中 勘助
まさに「送り狼」のこと。今の意味とは違い、ガードマンの意味でした。
絶滅のかの狼を連れ歩く 三橋敏雄
三橋氏は八王子。昔は八王子にも狼は居たのでしょう
山河荒涼狼の絶えしより 佐藤鬼房
狼がいなくなってから鹿や猪が田畑を荒らすようになりました。
おおかみに蛍が一つ付いていた 金子兜太
もうこれは兜太さんらしい有名な句です。
狼を神とし祀り山凍る 岡田日郎
狼は滅び木霊は在ふる 三村純也
狼は滅びたけれど、木霊はまだ生きている…でもいつか木霊も滅ぶかもしれない…
「狼を畏れ、狼を崇拝した。」これは
「自然を畏れ、自然を崇拝する」と同じことです。我々は、自然を畏れ崇めなければなりません。大口の神が、これを教えてくださるために、火災がおこったのではないかと私には思えます。山津見神社が全焼してしまったのも、地震の影響に関係しています。たまたま写真が撮られていたので復元できたのです。神様のお導きに思えます。
また、私達俳人は、今この瞬間ここにしかないものを言葉で発することで、後に蘇らせることができるのです。
高野氏はこの俳人の使命をもって、講演会を閉じられました。
