それは違うんだよ。
そうじゃない。私がしたいのはそうじゃない。だから、しない。しても意味が無い。それは私じゃない。居心地が悪い。不完全燃焼。燃えカスが残ってしまう。一瞬一瞬を燃やし尽くしたい。それが情熱というヤツか?完全燃焼。心残りなく一瞬を燃やし尽くす。やり切る。思い残しの無い。自分の領域に入ってくる存在への反射的な拒否感。それは今の私、認める。認める事で次の展開が見えてくる。「自分が負けてしまうのではないか?」と言う脅威。(ではその脅威の正体は何なのか?)。事実を認める事で、一歩一歩核心へと近づいて行く。そしていよいよ、その正体に辿り着いた瞬間、その正体を隠していた闇のベールは一瞬で消え、何も無くなる。「色即是空」って全ては幻想と言う事かな?そもそも実態のないものに思いや想念を入れて人生(色、出来事)を作っていると言う事なのかな?アメブロでフォローしているPちゃんさんの言葉がヒントをくれたな。実態の分からないモノが見えないところで蠢く事の気味悪さを作り出すのが「闇」なんじゃないかな?(私は漆黒にすこぶる恐怖する人なのだけども)。その恐怖に打ち勝つ為に、どんどんその蠢くモノの正体を突き詰めてその闇の全てを払拭して行く。闇に立ち向かう道のりにはとんでもない恐怖が待ち受けている。でもその闇の実態を創り出したのは他でもない自分自身。あぁ…そういう意味では自分って「創造主=神」と言われる存在なのかも知れない。しかし心の闇だけにこだわるとコレまたおかしな話。以前「綺麗な公園に行ってわざわざゴミ箱の中をずーっと見つめている様なもの」と言う話を聞いたのを思い出す。広い野っ原と林道、ブランコと湖のほとりのゆったりと寛げるベンチ、小さなせせらぎと鳥の囀り、そして水面にキラキラと輝く太陽の光と心地よく吹き抜けて行くそよ風…そしてそこにゴミ箱もあって。何一つ否定する事なく、全てがここには在る。不自然に「ゴミ箱だけ無い」と頑なに拒否すると、きっとゴミ箱の周りだけ真っ暗な闇の空間が抜け落ちている。…さぁ、そのゴミ箱の辺りだけ不自然に切り取られた公園の行方は如何に⁈
誰か(自分も含む)を、何かを責め立てた所でその先は本当に自分の望む世界への道へと続いているのかな?完全燃焼…目指してみる。
闇=疑問にも置き換えれるかな?あとはよく分からないけど何だか気になる事。自分の認知していない事、モノ。「閃く(ひらめく)」は門の前に人が立ってるな。本当の漢字の成り立ちは知らないけど、光の門(真実の入口)の前に立ってるって事かな?「閃き=直感」。ふと突然時空を超えて真実の前にワープする事?なんだろうか。。一生を懸けて辿り着く答えもあれば、一瞬で辿り着ける答えも有ると言う事かな。何もない所に花を咲かせる訳ではなく、既に埋めてある土の中の種にお日様を当ててあげる作業をしに生まれてきたのかな?
もうシャワー浴びて寝るかな。
旦那さんは隣の部屋でイビキかいて寝てるし、猫君はずーっと私の左腕の中で寝てる。
