ドーンと落ちることがあった
ひび割れてしまった母と親戚の間に入って
今まで私なりにやってきたけれど
全く報われないひと言を母から言われて
姉の方がいつも評価され、心配される
私が頑張っても報われないのは
分かっていたはずなのに
母の悲しさや怒り
親戚側の悲しさや怒り
どちらも分かり
片方だけが良い悪いではなかったから
母に寄り添いつつ
母が相手に取り返しのつかないことを
しないように、と
自ら間に入ったのだけれど
私はそんなに器用ではなくて
母の感情的な言葉に
こちらがイライラしてしまう始末
そして、私は相手側の「子分」
と母から言われてしまった
姉は母の味方だけど
私は母の敵方。
そんな風に私も受け取ってしまい
元々のコンプレックスに火がついてしまった
自分の価値ってなんだろう?
何を私はしたかったんだろう?
その想いがマグマのように膨れ上がって
久しぶりに狂気のようになった
私は正気を失って
母と縁を切りたい衝動で言葉をぶつけ
まぁ、親子喧嘩といえばそうなのだけど
その時は発狂しそうだし
死にたくなるほどだった
色々その後に気持の整理をしたけど
本当に恐ろしい自分の狂気を
久しぶりに感じた。
そんな気持ちは
簡単に周囲の人に理解されない
周りの全てを壊してしまいそうな衝動で
一度だけ「わーーーーー!!!」と
叫んだ。
夜だったから
これはまずいと思い
そこから冷静になろうと頑張った。
母にぶつけた言葉を詫びて
だけど、どうしても今は
母と話せない状態なんだと伝えたけど
母はメッセージを送りつけてくる
どうかやめてと言っても
やめないと言われる
嫌なところが似ていて
心底嫌になる。
なので、緊急避難で
始めて、人をブロックした。
今までなんでそんなことするかな?
と思っていたブロック
私は狂気になって
少しその気持ちを理解した。
あれから数日経ち、
母も少し悪かったと思ったようだけど
私の中には色んな気持ちが渦巻いていて
未消化のものがあったのだと思う。
今日やっと、
体と心を見てくれるセラピストさんに委ね
共感力の強いその方のおかげで
私は久しぶりに「安心」を感じられた
私の表面的な行動だけでなく
内側の繊細な部分をよく理解してもらい
それを言語化してもらうことで
私の中でも整理できたことが多かった。
どうせ誰も分からないだろうと思ってたことを
共感してもらえるということが
こんなに心安らぐことだと
久しぶりに身をもって感じられた。
孤独感が薄まり、優しさと安心の中で
私はやっと泣くことができた。
この数ヶ月、祖母の死の前後で
色んな人達の感情に触れた。
特に母の攻撃的な言葉、
相手を罵る怒りの感情
繰り返される罵詈雑言。
聞きたくなんかなかった。
でも、祖母が亡くなったばかりだから
母が可哀想だと思っていた。
けど、聞くたびに辛かった。
トゲのように私にも刺さるから。
とばっちりで、比較や評価の話を
何度も聞かなければいけなかったから。
聞きたくないよと言っても
娘なんだから聞いて欲しいと言われて
繰り返し、感情的な言葉を聞いていた。
私は辛かったんだよ。
でも、わかってもらえなかった。
セラピストさんの共感力と優しいタッチで
すっかり力が緩んで、スッと少しだけ眠り
目を覚ましたら、周りが明るく見えた。
妖精がいる感じがした。
久しぶりのその感覚。
数ヶ月ぶりかな。
うまく言えないけど
私らしさが戻ってきた感じがした。
セラピストさんも妖精さんが居ますよって
言って、同じことを感じてるんだって嬉しかった
忘れたくないこの大好きな感覚。
すっかり置き去りにしてたなって気付いた。
セラピストさんの共感力はとても強くて
ご本人はそれで悩んだり
制御できずに困ったこともあったそう
だけど、学び、定期的にケアをしてもらい
こうしてお客様に接している。
おかげで今回、
私は本当に救われた気持ちになった。
ただ相槌を打ってもらうだけでも
楽になることはあるけれど
心から共感してもらえることによる安心感に
今回は恐れ入りました!
と手を合わせたい気持ちになった。
素敵なセラピストさんとのご縁に
改めて感謝。
そして、まだまだ私の中にある
正しさへのこだわり
評価や比較されることへの苛立ち
自分をダメと扱ってしまう
このあたりの根深いところは
やっぱり潜在意識から取り組まないとな
と観念した。
自分の人生を振り返り
クリアリングしていく講座も
少し先になるけど受けることにした。
あと、ヘミシンクも続けていて
実践会的なものにも参加してきた。
日々のモヤモヤに役立ってる感じはある
もう少しうまく活用したい。
ウェーブ1はだいぶ繰り返したから
明日あたりからウェーブ2に入ってみる
説明を見てみたら
ここから面白くなりそうな内容だった。
さてどうなるか。
しばらくは会社員を辞めずに
自分磨きや勉強をしながら
細々でもセラピスト業をしていく。
休みながらでもいい
もう少し行けるところまで行って
考えてみる。