夫の父親から譲り受けた79年代物のキャディラック, Coupe Deville に全ての持ち物を詰め込んで、夫と私はこのモハベ砂漠の小さな街クォーツヒルに移ってきました。
目的は仕事。 アメリカに渡って、初めての 「仕事」 の初日でした。
心中は、「不安」 と 「期待」 の入り混じった緊張感で一杯。
仕事とは簡単に説明すると、ソーシャルワークの一環で、親など生活環境に恵まれない未成年者と同居して生活指導、且家庭環境を提供するというものでした。
この仕事を選んだ理由は、まず夫が大学院に通いながら、しかも夫婦でできる仕事だったので、当時の私達には願っても無い条件を備えていたからです。
アメリカで右も左もわからない私にとっても、いい勉強場ができた、と思ったわけなんです。
そう、その初日までは・・・・・・。
契約した福祉施設の会社が、子供達と住む家を提供してくれたのですが、その家はまるでマイケル・ランドンの 「大草原の小さな家」 に登場してくる学校そっくりの造り。
聞くところによると、実際この家は昔のスクールハウスを改造した物だそうです。
場所もクォーツヒルの西の果てのいわゆる 「草原」 の真っ只中・・・・でした。 まるで、その映画のセットという感じ。
指導対象の子供達は全員男児で年齢は8才から18才まで。 様々な家庭環境事情を抱えてる子供達です。
私達が荷物を車から家の中に運んでいると、間もなく6人の子供達も続々と到着して来ました。
まず最初に目に入ったのは、背丈が180センチはあるであろう、筋肉モリモリの逞しい体格の黒人の男の子。
彼は自分以上に背丈があるプラスチック製の大きなクリスマスツリーを片手で軽々と掲げていました。
「えっ、この子、こどもなの? でっかーい!」 とかなり心の中でショックを受けて何も言えないでいると、
"Hi, I'm Tyler. Nice to meet you! What's your name? "
(はじめまして。 ボク、タイラーです。 名前はなに?)
と体付きに似合わずにこやかに挨拶をしてきました。
それに応じようとして辛うじて私の口から出た英語は、
"H..hi..... mm,my name is Yumi. Nice to meet you..... too. "
(あ・・・えっと、こちらこそは・・・じめまして。 わ、わたしの名前はユミです。)
私の顔は引きつり、しかも半どもり。 そしてそれ以上の英語は全く出て来ませんでした。
タイラーは 「 変な東洋人だな・・・ 」とでも言う様にちょっと怪訝な顔をして、持っていたクリスマスツリーをドアの横にドサッと置くと、夫と一緒に自分に割り当てられた部屋へと消えて行きました。
ショックから立ち直れてない私の前を残りの5人の男の子達が元気一杯に "Hi!" と言いながら通り過ぎて行くのを精一杯の笑顔でただ見送る事しかできませんでした。
「・・・・・・・えっと・・・・・・白人、メキシコ人、インディアン、黒人・・・・ の子供達だ。 私がこの子達の面倒や指導にあたるのか・・・・ えっー、自信ないよー!」
と改めて自分が何も知らずに突入してしまった、アメリカ社会の底辺の世界にビビったのでした!
クリスマスツリーには古びたガラス玉がいくつか取り付けられていて、光沢を失った銀のガーランドが無造作に巻き付けられてるだけでした。 いかにも貧困の象徴という様相。
アメリカ人がどうやってクリスマスをお祝いするのかさえも知らない私はただただ途方に暮れる一方でした。
次の日子供達をキャディラックに載せて10マイル (約16キロ) 先にある町中へクリスマスショッピングに出かけた時のことです。
バックミラーを覗くと何か車の天井からシーツの様な物がタラ―とぶら下がっているではありませんか! ギョッとして思わず後ろを振り返って確かめると・・・
天井に何かナイフの様な物で切り裂かれた跡があって、そこからインテリアの布が垂れ下がっていたのです!
「いったい何でこうなってるんだ??」
これには流石の夫も驚いて、車を道の脇に止め、まずは子供達を降ろして点検。そして子供達に事の真相がわかるまではクリスマスショッピングの続行が不可能である事を告げました。
その時に子供達が何やら揉めているので、
"What's going on? "
(いったい、なんなの?)
と聞くと一人がボソボソと、 "We didn't do it! It's him! And......ummm, .it's in his pocket..... We want to go Christmas shopping, you know...." と言いだしたのでした。
(ボク達がやったんじゃないよ! あいつだよ、犯人は! でさ・・・・う~んと、それさぁ・・・・・ポケットの中だよ。 とにかく、ボク達はクリスマスショッピングに行きたいんだよ。)
指を指された方角を見ると例の黒人男児のタイラーがそこに立っていました。 調べると彼のズボンのポケットからカッターナイフが出てきました。 彼はあわてて、
"Believe me! It wasn't me! I don't know how this knife got into my pocket!" と必死になって身の潔白を叫んでいました。
(ちがうよ、ボクやってないよ! 信じて! なんでそんなナイフがポケットにあったのか、ボクだってわけわかんないんだよ! )
私は密かに 「 んなわけないだろーが!」 と思ったけれど、それは言わずに何故彼はこんな見え透いた嘘を平気で付くのか、そっちの方が気になりました。
他の子供達も白けた顔して、"Sorry, brother. We want our Christmas gifts!" ときっぱり、さっぱりと言い放って、はやく町へ出たくてうずうずしている様子。
(ごめんよ、アニキ。 ボク達はクリスマスプレゼントを買いに行きたいんだよ。)
*こんな面倒に巻き込まれて損はしたくない、だから悪いけど告白させてもらったぜ・・・という意味。
私はその時心の中で実感したのでした!
「・・・・・未成年者でナイフ・・・・・・ ああ、ここは本当にアメリカなんだ! しかもその底辺! わーん、どーしよう?!! 」
何という奇妙な仕事をする運命になってしまったことか! とちょっと悲観的にはなったものの、今更後には引けない事もわかっていたので、こうなったらもうやるしかない! と結局 「潔く?」 ハラをくくることにしました。
こうして私のアメリカでの第一回目のクリスマスが通り過ぎて行ったのでした。
家の裏庭は草原そのもの。 何故か羊の大群が草を食べに来ていました。
ここは家の前庭ですが、裏も表も・・・ただ草原ですよね。
家の横の道で町に繋がっている。 車はめったに通らない。
私の後ろに見えるのが、例のクリスマスツリーです!
(注) 子供の名前は仮名
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