東日本大震災


あれから12年の月日が流れた


我が家の住んでる地区は震度4


しかし、棚から物は落ちてくるし

一瞬で停電になった


その日は長女の友だちが遊びに来ていた、当時7歳


3人の子供+友だち1人


子供たちの命を守ることに必死になる


お友だちも突然の出来事で不安になっていた


私『大丈夫だよ、お母さんすぐに迎えに来るからね』


携帯も繋がらないから、とにかくママさんが来るのを待った


しかし、迎えに来たのは17時


たしかに17時に約束したけどさぁー

緊急事態なのに通常通りに迎えに来るって普通なの?


ママ友『停電してるね、明るいうちに夕飯の支度してきたよ、帰ったらすぐ夕飯』


ふざけんなよー

自分の子が心配じゃなかったの?


こっちは長女の他に、幼児を2人抱えて、友だちの心配までして完全に出遅れたじゃん


私も明るいうちにやりたかったよ


本当に出遅れた


停電はしていたが、ガスは使えたからガス調理して夕飯


懐中電灯とロウソクでの真っ暗の夕飯


食べてる最中に夫が帰宅した

この時ばかりは心の底から夫が帰宅して安心した


スマホも停電も復旧しないまま寝た


そして翌朝、電気復旧のタイミングでテレビをつけた瞬間に、現実とは思えない光景に大声を出して泣いた


そして、その日からオムツを並ばないと買えない現状に苦しんだ


トイレットペーパーを買うのも苦労した


この経験から私の2個買いの習慣が生まれた



計画停電により、子供たちが暗いところに1人で行けないトラウマを作った


震災から半年たったころ、長女のお友だちの家に遊びに行く機会があった


トイレをお借りしたときのこと


和室の扉が少し開いていた


そこには6畳間の和室に天井まで山積みになっているトイレットペーパーを見てしまった


12ロール入りで100個以上はあったと思う


親子3人家族でトイレットペーパーの買い込みか、、、


迎えに来ないママさんもトイレットペーパー買い込みママも、、、


無いなー!と思った


朝食はパンケーキ



今日は12年前を感じながら1日を過ごしたいと思う