今月の課題図書は「山奥ニート」やってます。
この課題図書から
エッセイを書いてみました。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「なんとかなる」は「なんとかする」人に支えられている
どちらがいいとか悪いとかではなく
なんとかなると思って行動している人のまわりには
なんとかする人がいてなり立つと考える。
それは人を信じる事
自分を信じること
なんとかする私にも
なんとかする人に支えられて
なんとかなっているんだろう
循環 感謝
おかげさまという言葉がおりてくる。
山奥と言わず
今ここでも どこでも同じ
私はなんとかなる
という修行の旅人である。
思い返せば気付きの一歩が私にもある。
息子が誕生して私の意識が戻って自分の足で歩けるようになった時(生死を彷徨い生還した)
私は片方聴力を失って平衡感覚も失った。
床が斜めになってる感覚なのである。
結論を書けば一過性のものであったが、
平たんなはずなのに向き合うと
坂の上と下で話しているような視界なのだ。
歩く時も病院の廊下の手すりを掴んで
急坂登りをしてるような歩き方なのである。
どこかを掴んでないとバランスが取れない。
主治医が慌てて専門の医師に連絡を取り
検査をねじ込んでくれた。
大学病院なので検査の術はあるが、検査日を押さえるのは大変だった事だと思う。
結果は分からず終いでしたが、その時
私は「大丈夫です」って答えて←何も考えなく発し、困ってるを一言で済まそうとしてる
主治医に「大丈夫じゃないからどんなか教えて!」と言われた。←なんとか解決したい
事の重大さを重く受け止めていなかった。
感覚はその人だけのもので
上手く言語化しなければ、相手には伝わらない。
なんとかなるには言語化など表現できるコト
なんとかする人に頼るコト
おそまきながらそんな当たり前の事を
私は出産で知った。
ということをこの振り返りで気付けた。

















オンラインサロン
ふみサロでは毎月の課題図書から800字程度のエッセイを書きSNSに投稿して合評する
サロンです。
自分の書いたエッセイの最終形態は出版です。
「24色のエッセイ」書店で見かけたら手に取ってみてください。
ピピピときたら是非お仲間になって
エッセイを書いてみませんか?

