先頃ネットでの誹謗中傷を抑止するための「侮辱罪」の厳罰化のニュースが話題になったけど···
そういう動き自体は評価できるものの、心無い人間の身勝手な言葉の暴力に傷ついた人達の気持ちを思うと、まだまだそんなものじゃ足りないし、少しでも世の中全体が良い方向に変わっていかないものかと、半ば虚しさを感じながらも強く願わずにはいられない。
前々からこのブログでも言っている通り、ピエルさん···基本的に、人に何か酷いことをしてしまったら同じかそれ以上の報いを受けるべきだという、いわゆる「目には目を 歯には歯を」の考え方の持ち主である。
極端なことを言えば、人の命を奪ったら己の命で償うのが本来のあるべき姿だと思っている。もちろん現実には、故意か過失か、殺意があったのかなかったのかなどを機械とかで計測することは不可能だし、人の心の中を正確に知ることもできない。その上、司法も所詮は人間、人は嘘をつくし、勘違いや思い違いをすることだってある。冤罪などの問題もあるから単純に「人を殺したら死刑」というわけにもいかない。
でもやっぱり、明らかに悪意を持って人を傷つけた人間にはそれ相応の苦しみを与えるべきだとどうしても思ってしまう。だからピエルさんとしては現在の裁判や刑罰については納得できないことだらけである。
この先、人類が進化していくのか、逆に退化していくのかわからないけど、他人の心の痛みを想像できる人間がこれ以上減ることなく、少しづつでも増えていくことを心から願うばかりである。
さて、ちょうど新シーズンが最終回を迎えたばかりの『探偵が早すぎる』というめちゃめちゃ好きなドラマシリーズがある。
元々原作のミステリー小説のファンではあったものの、主演の滝藤賢一の怪演と広瀬アリス&水野美紀のはっちゃけぶりのせいで完全なコメディとなり、新シリーズなどほとんど原作のイメージを残していないドラマになってしまったのだが、これがこれで超面白い!!アドリブ満載で、出演者が思わず素で笑ってしまう場面なんかもあって楽しいし、何より毎回お決まりの水戸黄門的な展開にスカッとするのである🤗
毎回ヒロインを殺そうとする殺人者が犯罪を行う前に、滝藤賢一扮する探偵が殺人方法を未然に推理し、それを防ぐばかりでなく同じ方法で犯人を懲らしめるというパターンなのだが、その犯人に向かって、自分がいかにして相手の考えた殺人方法を推理したのかを偉そうに語る場面で口にする決まり文句が、ブログタイトルの「神のものは神に カエサルのものはカエサルに」なのだ。
新約聖書に由来するこの言葉、本来の意味はちょっと違うのだけれども、“物は本来あるべき所に戻すべきである”という意味では「目には目を 歯には歯を」と同じように使ってもいいような気もするし、とにかく酷いことをしようとした人間がそれと同じ方法で自分自身報いを受けるというパターンが、何とも心地良いのである😊
やったらやり返すという考え方自体には、反対する人もいるだろうし、ある意味危険な面があるということを忘れてはいけないけど、昔から『水戸黄門』や『大岡越前』『必殺シリーズ』、はたまた『半沢直樹』等々、勧善懲悪物に人々がスカッとするという事実があるのも確かなわけで、多様性が声高に叫ばれる今の時代、一方で経済的にも精神的にも大きな閉塞感が社会を覆い、若者が未来に希望が持てない今の時代、善悪の境目も曖昧で何が良いのか悪いのかがよくわからない今の時代だからこそ···
本当の悪意だけは取り込まれない人間でありたいと思う。
この歌···衝撃です。
🎵うぴ子『匿名の檻』