前回の近代建築ウオッチに続いてもう少し新しい変わった所をと歩いてきました。スタートは御池通りの加茂川大橋から少し西へ行き寺町通り、御幸町通り、麩屋町通り辺りを上がり丸太町通りに、そこから下がって木屋町二条、三条、先斗町、四条加茂川大橋まで歩いてみました。9月に入っても街中はまだまだ夏そのもの、やはりお彼岸までは暑さは残るのでしょうか。

イメージ 1

夏目漱石が京都に来ていた時に、お茶屋の女将お多佳さんと懇意になった。その頃の句碑が御池通り加茂川近くにあります。
 木屋町に宿をとりて、川向こうのお多佳さんに
春の川を隔てて男女哉   漱石


イメージ 2
昭和初期の建築、京都市役所本館。









イメージ 3
島津製作所創業初期の頃の本社。








イメージ 4

麩屋町通りへ出たので白山神社へお参り。ここは平安時代加賀白山の僧侶が神輿を担いで、強訴に来たが願い叶わず神輿を捨てて帰山したのを、その神輿を祭ったのが始まりという。



イメージ 5
東側の御幸町通りに、大正二年に建てられた日本基督教団京都御幸町協会。









イメージ 6
西の方柳馬場通りには明治三十六年に建てられたギリシャ正教会のハリスト教会。











イメージ 7
丸太町通りに出ますと、昭和二年に建築円形アーチの窓の京都中央信用金庫



イメージ 8
河原町丸太町の北西に統廃合された、元春日小学校に珍しい二宮尊徳像を発見。



イメージ 9

丸太町通りの加茂川端に。大正期の電話局だがこの地は、明治初年に女紅場と言われた高等女学校の創始、次には京都第一高等女学校であった。



イメージ 10
木屋町通二条まで戻ると島津製作所創業の建物。




イメージ 11
木屋町通りを下がり三条から先斗町、お食事処のディスプレイは殆どこの京野菜スタイル。



イメージ 12
四条大橋に出ると名残りの夏の床がずらりと。




夏は暦の上では終わりましたが、日中はまだまだ30℃からあります。けれどももうすぐにお彼岸、彼岸花の定位置にはその新芽がにょっきり首を伸ばしていました。爽やかさがうれしい様な夏の過ぎ去るのがほんのちょっぴりさびしいような頃でおます。