| 「祇王寺」の後、訪ねたお隣「滝口寺」は明治維新後に廃寺となっていた往生院三宝寺を祇王寺とともに復興の上、歌人佐々木信網が高山樗牛の歴史小説「滝口入道」に因んで命名した寺と云われています。鎌倉幕府倒幕の重要な立役者、新田義貞の首塚が入り口すぐ奥に有り詣でました。建武の新政でトップ武官になりましたが、足利尊氏との権力争いの戦で戦死し、三条河原で晒し首となり。後往生院三宝寺に埋葬されました。重臣達を伴い塔が横に立ちます。つわもの供が夢のあとなのか。それにしても、鎌倉北条を打ち破った新田義貞の世の如何に短かくはかない・・・・・・。 さて、この寺はその鎌倉幕府が樹立される以前に、小松内大臣重盛の家臣斎藤滝口時頼が花見の席で建礼門院の女官横笛を見初め、恋に落ちたのです。しかし父親に反対された時頼は出家をする事で横笛への思いを断ち切ろうとした物語の舞台。滝口時頼の出家を知った横笛もまた滝口時頼を慕って滝口寺に赴きますが、滝口入道は未練を断ち切るために横笛に会うことを拒みます。その後、滝口入道は募る一方の横笛への思いを忘れようとして、遠く高野山に登ります。横笛も滝口入道の後を追い出家しますが、その後すぐに世を去り、滝口入道はその思いと自らの思いを胸に秘めて修行に打ち込んだというお話です。 |