'05年7月13日

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いよいよ今日は日本に向けて出発の日、昨日電話で朝8:00に来ると言っていたエレーニから8:30になっても連絡が無い、もう出かけなければと電話すると、レセプションに朝電話したところ「もうチェックアウトされました」との返事で間に合わないと思って行かなかったという。仕方がないロビーで待っていたのが行き違いのもと、コーヒーを飲んで電車で空港へ。アリタリア航空でイタリア・ミラノ乗り換え、 JALとアリタリア共同運航便で日本の関空まで。自分の座席は窓際、一つ置いてオーストラリアの御婦人(何かイタリアとのNGOの役員との事)。前方にはルーマニアから日本へ出稼ぎの若い連中で男女合わせ8人がワイワイ、簡単な日本語のレジュメを持っていたので即席の日本語学校。又隣席のオーストラリアの御婦人は大阪で乗換えとかで、また彼女ともブロークンイングリッシュで色々と世間話、今考えると良く長く喋れたなと思う。

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最後のホテルでコーヒーを アテネ思い出のシンタグマ広場


14日朝9時過ぎ眼下に関空が見えた! 9:30 関西空港到着「あ~、やっと着いたか!」。まずは日本到着の電話を留守宅の妻に入れて「只今帰りました」。思えば今回45日間、自分の思いだけでの放浪の旅「ありがとう」の感謝以外何物でも有りません。そして、今回の旅を通して、自分の旅をするということの意味が少し変わった様に思います。旅をしていていいなと思うのは、移動そのものというよりは、やはり人と出会う瞬間であり、それを、その限られた時間の中で、温めていくことではないでしょうか。初めて見る風景や街を見られた事、初めて味わう美味しい食べ物に興奮を覚えることは勿論ですが、一方では誰か人と出会わなければ、その旅を楽しむことは半減するのではないかと思うのです。そして、そこにはいつもはかなさや切なさにも似た何とも言えない、感情がついて回ります。これから先も、この旅を思う時、シベリア鉄道で出会ったロシアの人達、ウラジオストック、ハバロフスク、イルクーツク、リストビヤンカ、モスクワ、サンペトロブルグ、エストニア・タリン、ラトビア・リーガ、リトアニア・ヴィリニュス、ポーランド・ワルシャワ、クラコワ、チェッコ・プラハ、チェスキーヴィデオヴィツ、チェスキークロムロフ、オーストリア・ウイーン、ハンガリー・ブダペスト、ルーマニア・ブカレスト、ブルガリア・ソフィア、そしてギリシャ・アテネそれぞれの町のホテルや店の人達、それぞれの街のお店やレストランの人達、移動途中の乗り物で出会い喋った若者やおやじさん、おばさんたち、最後のギリシャで歓待してくれた友人、共に過ごした時間を思い出し楽しむ事が出来ます。それら全てが私にとっての旅なのだと思います。今回ブログを通し、自分勝手の旅の思いで日記を発表して、色々とコメントを頂きお付き合い下さった皆様に心からの感謝を申し上げます。これからも皆様と共々楽しい旅を続けられますようにと願っていきます。

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ミラノ空港で乗り換え 旅の締め括りに、ルーマニアの美人     
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日本が見えたかな ついに関空に到着だ!