'05年7月09日

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7:30ブルガリア共和国ソフィア到着。ルーマニアの若者二人は目的地への乗り換えにそそくさと出て行く。取り合えず市内の中心までトラムで移動する。朝8:00の事でがらんとしている。そうか今日は土曜日なんだ、いやな予感がする。9:00過ぎにギリシャアテネ行きの航空券を買おうと旅行社を探してみるが(土)(日)休みの店ばかり。仕方がない直接空港に言ってしまうか、と聖ネデリャ教会の前の広場に腰を下ろしていると、掃除をしている黒い服の修道士がそばに寄って来て「おはよう、日本から来たのですか」 。「はい、そうです。この辺りに見物にいいところありますか」とか話してるうち、修道士は「日本は、アメリカに原爆でやられたのにどうしてアメリカと仲が良いのか」と聞いてきた。返答にどうした物か困って、暫らく考えて「うーん、今の日本人は当時のことを覚えているのが、殆んど居なくなっているから」などとピンと外れでしか返事できないで居ると、あきらめて「いい旅をして下さい」と、行ってしまった。あー恥ずかしい、冷や汗。 

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ソフィア駅前の朝 駅前から市街センターに移動
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聖ネデリャ教会 聖ペトカ地下教会     

このセンター辺りをしばらくうろうろして、聖ペトカ地下教会へ行く。地下道から、屋根だけ地表に突き出している半地下の教会14世紀オスマントルコ時代からの窓もない質素な建物。直ぐ近くの立派なモスクとは対照的。もう出発しようと空港へ移動した、空港でギリシャまでの航空券の購入にカードはだめだと言うT/Cの交換に2~3当るが何処も"出来ない"あせり始めた出発ロビーのエアコンは余り効かないし、"さーどうする"もう一度今度は到着ロビーに行ってみる、到着ロビーはエアコンは良く効いていて爽やかな事。これからお金を使ってもらう人と、もう使わないで出て行く人との差別じゃないかと勘繰る。到着ロビーでやっと日本円が交換でき1万円を交換し100㌦になった。それを持ってチケット売り場に行くとまだ17ドル足りない、1ドルをあちこちから探し出してやっと支払いOKやれやれ。落ち着いた所でピースボートで知り合ったギリシャの女性弁護士のエレーニに電話する、"今晩の便でアテネに行きます" "分かった、じゃギリシャのホテルについたら又電話して"との事。

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聖ペトカ地下教会へ教会の内部 きらびやかなモスクが対照的
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公園に頭部のモニュメント ソフィア空港にて

19:50発の為時間はたっぷり有るが外は暑くてもうどこにも行きたくない、待合室で昼寝でもしながら待つ事にした。18:00チェックイン始まり、ボーディングルームに移りコーヒーを飲みながら待つ、いよいよ今回の旅も最後の訪問国になるんだな、19時出発でアテネ到着は21:05、オリンピック航空に紹介してもらったホテルは市内、夜も遅いしタクシーと思ったが、そうだ現金だ空港内のエクスチェンジで市内までタクシーは幾らくらいと聞くと35ユーロ位というので手持ちドル全てユーロに交換すると38ユーロ、少し心配なのでT/Cの交換はOKかと聞くと勿論OKです良かった。100ドルT/Cを交換し80ユーロ。タクシー運転手にギリシャ語で"ヤーサス"、運転手は少し英語が出来てなんだかんだと説明してくれる「"エフハリスト"は日本語でなんと言う」「"ありがとう"だ」てな具合で30分ほどでホテル・キャンディア到着、チェックインし部屋に入ってすぐシャワーそしてベッドもうぐっすり寝てしまう。