'05年6月24日

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9:00 朝食、Kaimiska silkig ushkanda(魚を酢じめしたのを玉葱のスライスと混ぜる)ソースで食べる。それにパンとコーヒーで(3.9LTS≒160円)。ポルトガルのワルシャワ行きのチケットは 23:00発 36番プラットホーム(97LTS)。ミネラル(1.5LTS)この旅行中ミネラルに炭酸入りが多く,それに馴れるとガス無しが物足らなくなる。夜行バスの出発まではカウナス行きに決定する。バスで片道約1時間半との事(14.5LTS≒580円)。カウナスの町に着いて、街の地図を頼りに "日本のシンドラーと言われる杉原千畝氏(第二次世界大戦中、氏はここリトアニアのカウナス領事館に居て、日本経由でアメリカへ亡命しようとしたユダヤの人たちに、当時ドイツと同盟関係の日本政府の反対を押し切って、任地を去る汽車の中でまで、ユダヤの人たちを助ける為に、日本国通過のヴィザを書き続けたと言う。)" の記念館を目指して歩き始めたが、ここらしきと思うところに来ても、全くの一般の閑静な住宅街である。少し不安になった頃に住宅の壁に、杉原記念館入口の文字が看板に書かれていた。その中に入って杉原千畝氏の資料を見ていると、一人の日本の方に出会った。茨城県から来られたとのこと杉原氏の行動に感銘して此処に来たかったんです。と仰る方と杉原さんの話が日本で小学校の子供達に話されると良いのにね、などと話して、杉原氏の執務机に座らせて頂き、記念写真などを撮った。ここの記念館の事務所にP.Cが有って、一人きりの事務員に貸してもらってもいいかと聞くと、どうぞとの事で、それを借りて家や友人にメールを送る。記念館の見学を終えてバス停まで戻り、カウナスの旧市街を見ようとトロリーバスに乗って旧市街の近くらしい所で適当に降りて、バス停に居た若い女性に聞くがさっぱり分からない。地図と磁石を頼りに歩いて行くと旧市街らしい所に出た。其処の広場を見渡すと "ボートの館と言う船の形のテラスの日本料理店が目に入り、其処のウエイターに地図で確認した。彼は英語とほんの片言日本語が出来る。そこで早めの昼食(肉汁,照り焼き定食,ミネラルで25LTS)

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杉原記念館はこの辺りだが あった,杉原千畝記念館
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千畝氏のデスクで気持ちを受ける 日本食レストラン"ボートの館"     
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シスターが土地の人とお喋り 珍しく屋根が並ぶ平入りの街角


カウナスの旧市街は大きくも無く、特に立派なと言った感じではなかったが、パステルカラーの中世風の家と抜けるように青い空が目に焼き付けられた。街歩きのあとはトロリーバスセンターまで歩いていると、とっても気持ちよく手入れされた並木道があり、その正面に教会が有る街の中心に出た。しばらく美しい並木道を歩いてバスセンターまで。おかげで顔は真っ黒に焼けヴィリニュスへのバスの中はぐっすり眠った。ヴィリニュスについてバスセンターの2階のスーパーで小銭処分のつもりで,歯磨き粉とチョコレートを数個かってレジに持っていくとお金が足りない、チョコを1個返して一件落着。レジにいやーな顔でにらまれる、うっかり残念無念。その後また夜食を食べてバスに乗らなければとまた千円を両替26LTS、バスセンターのビストロでバスまでの時間待ちを兼ねて食事。パンにスープと野菜炒め様等で15LTS、コーヒーを飲んで22:00過ぎまで粘った。バスは36番ホームから23:00に発車。座席は16番。明日の朝はポーランドのワルシャワだ。

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レンガ色の冴える建物 修復の旧市庁舎の塔
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古そうで格のあるホテル イエズス教会
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並木の綺麗なライスヴェス通り 輝いていた聖ミカエル教会