'05年6月8日~9日

イメージ 1

ゆっくりした朝食の後、ホテルから北の方向アンガラ川まで歩いてみる。  堤防近くにスパスカヤ教会はじめロシア正教の美しい建物が三つ並んでいる。その内の一つからミサをしている様子、音楽が聞こえてきたので入って行った。賛美歌が荘厳に流れ、立派な衣装のひげもじゃの司祭が香を燻した器を揺らし、信者を祝福していた、邪魔者はさっさと出て来た。教会の階段には物乞いが数人手を出してくるが、意味が分からない素振りをしてさっさと立ち去った。アンガラ川は向こう岸がはっきりみえてそれほど大きな川ではないが、水量はたっぷりで堂々としていた。堤防の柵からは数人の親父連中が魚釣りをしていたので "ドーブラヤ ウートラ(おはよう)" と言って、びくを指差して見せてもらうと、手のひら位の日本ではハヤのような魚が数匹 "スパシーボ" 。それから次にホテルの南側カールマルクス通を西の方に行き、街並み探検をしながらレーニン広場のアレクサンドルⅢ世像まで来る。この広場では小学生くらいの子供達が遠足か、戸外学習か十数人が何か "けんけんっぱ" の様なゲームをしていた。子供達の可愛らしく、にぎやかなエネルギーに暫らく癒される。昼になったので、昼食をとホテルへ戻る途中、日本レストランを見付けたので入って見た。従業員は全てロシア人ながらカウンター内の男性、ウエイトレス全員が日本風の衣装、男性は黒いはっぴに、ウエイトレスは着物のようなガウンのような衣装で、前の袷は洋服のように左前、腰には帯の様な物を巻いていた。ランチ弁当は鮭の刺身に照り焼き、それにサラダが色々取り合わせて、箱に入っていた(300p)。食後ホテルに戻り、喫茶室で一休みしてからイルクーツク駅へ移動。ホテルからのタクシー(150p)。

イメージ 2イメージ 3
バガヤヴレーニエ寺院アンガラ川の魚釣り

イメージ 4イメージ 5
街で見たこの花は日本料理屋のウェイトレス

イメージ 6イメージ 7
イルクーツクメイン通り郷土史博物館

雨がしとしと降ってきてた、暫らく薄緑に白い縁取りの美しいイルクーツクの駅舎や周りを見物。キオスクでパンやジュースそれとカップラーメン等食料の仕入れを済ませる。後は待合室でぼんやりと周りの人々を見ていると、当然のことながら回りは全てロシアの顔、ほんとに遠い国まで来たなと感無量。   モスクワ行きのバイカル号は当イルクーツク始発で 16:20 (11:20 モスクワ時)発、待合室に時刻表示が出たので待合室を出て列車に乗り込んだ。                                定刻、列車は20輌近くの連結なのに音もショックもほとんど無しにスタートした。いつもながら素晴しいテクニックだなと思う。同室者はローバ、ローバの子供で4歳のマーシャ、それにナターリャ。                マーシャは人形のように可愛いなと思っていたが、何とも利かん気な子供で自分の思い通りにならないと直ぐにかんしゃくを起して泣き出し、母親のローバにしかられては暫らくしょんぼりしている。                  ローバ達はモスクワへ里帰り、ナターリャはビジネスと言っている50代前半の女性。

イメージ 8イメージ 9
子供達のゲームアレクサンドルⅢ世像 

イメージ 10イメージ 11
美しいイルクーツク駅舎バイカル号に乗り込む 

6月9日 AM 6:00(モスクワ AM 2:00) 相変わらずの大地の連続、地平線からの太陽、ゴルフ場のとてつもなく広い、地平線の向うにグリーンにホールが有る様な感じを想像して頂ければと感じる。                 クラスノヤルスク(モスクワ 6:00 ) 20分停車、駅に出て物売りのおばさんから小振りのピーナッツのような種をコップ一杯15p。そして音もなく発車、何処までも、いつまでも続く原野、自然の花畑、農村・・・・。モスクワ時 19時で日没、現地時 22時空にはまだ青い空が残っている。コンパートメントにジーニアスとバシラブという10歳前後の男の子が遊びに来る、子供達は素直でストレートに興味を示し行動に移す。折角の訪問なので、指差し会話本で暫らく遊び、新聞紙で折り紙をして兜を作ってやる、なにぶんうろ覚えで正確に出来ているか自信はなかったが、子供達には大受けキャッキャ喜んで自分達の部屋へ帰っていった。

イメージ 12イメージ 13
列車のマーシャ何時までも続く原野

イメージ 14イメージ 15
原野の農村オビ川の夕日