私の記憶がパステル画のように霞んでいる頃、そう、たぶん小学校の高学年の頃だと思いますが、日本の隣にはとてつもなくでかい大陸と言う物が存在して、それがユーラシア大陸と言う名前だと知ったのは。そしてさらに中学生になってからその大陸を横断する鉄道が有ってシベリア鉄道という。そのシベリア鉄道には西から東に流されてくる流刑者たちのとてつもない苦労の物語。日本の第二次大戦での敗戦で多くの人々が強制労働につかされた事等。          知識を得る度、そのとてつもなくでかくて謎めいた大陸にあこがれて、いつの日か自分はシベリア鉄道に乗ってユーラシア大陸を横断しようと思っていた物です。けれども自身が成人し、大学そして社会人へ。社会の荒波の中では子供の頃の憧れなどすっかり忘却のかなたに行っていました。    それが会社人間を卒業した頃に突如、そうだシベリア鉄道に乗るんだ!! と何の脈絡もなく頭に浮かび上がってきた思いに動かされて、インターネットで旅行見積もりをする旅行社に相談をかけました。                 すると、そこに登録していた経験豊富なツアーガイドから連絡が有って、一度お会いしてお話しましょうと言う事になり大阪寄りのJRの駅で時間を決めて会い、自分の思いと一人でシベリア鉄道を踏破したい、そして東欧を回わりたい事を話したのです。彼は「このおっさんが一人で大丈夫やろか?」てな風で「言葉は英語喋られます?」「まーね少し片言ぐらいは」等のやり取りの後、ロシアは滞在中の交通手段とそのチケット、滞在日数やホテルなど決まらないとVisaが降りない等説明して、一度モデルプランで見積もりましょうと言ってくれたのでした。                 そこでこちらの希望を一応言って、後は彼の経験と商売精神に任せる事にしました。そして数日が過ぎ、日程の詰めも終わり後はVisaが降りるのを待つだけと成りました。人間勝手な物でそうなると急に、自身の希望だったのに身体に何とも言えない不安と緊張で身の引き締まる思いがしたのを思い出します。それから二週間程してVisaとシベリア鉄道のチケット、ロシア国内でのホテルの予約確認書を受け取りました。さあー後は2005年の5月31日関空からシベリア鉄道の出発地ウラジオストックへ出発するだけです。
さあー、いよいよ出発の日です。身体中にあふれる期待と緊張で息も速くなっていたでしょう、関西空港に着きました。搭乗手続きをして飛行機に乗るだけです。飛行機に遅れてはならじと出発2時間30分前に到着したので時間を持て余し何杯コーヒーを飲んだ事やら、やっと便名が案内されましたいよいよです。!
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