父が亡くなった時、娘はまだ7カ月でした。
でも、父にとっては娘が一番の「生きる力」でした。
他の人たちは「末期がん」である父に
平常心ではとても会えず、お見舞いさえ来られない方々も多くいらっしゃいました。
それはそうです。
「もうすぐ死ぬ」とわかっている人に会うことは、
その人との関わりが深いほど、どう会っていいのかわからないのが当然です。
なんて言葉をかけていいのか?
恨めしい運命をのろって怒る訳にもいかず、
わざと明るく笑う訳にもいかず、
悲しみを表にだして泣く訳にもいきません。
その時にほぼ毎日つきそっていた母と私(と娘)は
一緒に笑ったり、泣いたり出来ますけれど…。
そんな時に赤ちゃんだった娘は
何も知らない純粋な笑顔でいつも父をなぐさめてくれました。
ベッドのうえでお座りをしておもちゃであそんだり、
ベッド脇で離乳食を食べたり。
娘のおかげで父は心から笑っていられました。
ただ、早かった。
もう少し、娘の成長を見せてあげたかった…。
68歳で、父は亡くなりました。
がんに蝕まれた父の体は細くなってしまっていました。。
その後、私は娘を保育園に預けて働きはじめます。
小さい子どもは本当によく熱をだします。
最初の1ヵ月は、半分くらい熱をだして保育園に行けなかった。
その後もしょっちゅう熱。
「休みます」って職場に電話するのが嫌でした。
他の人に迷惑をかけるから…
それで、そんな時も迷惑になるのが最小限で済む仕事を
みつけました。
それがコールセンターのオペレーターの仕事だったんです。
人数が多いから、ひとりくらい休んでも
おおっぴらに負担が誰かにかかる訳ではない。
会社にも、私と同じような働くママもたくさんいました。
最初は自動車保険のオペレーターを少し、
そしてこんどは生命保険やがん保険を扱う会社のオペレーターの仕事に
ご縁をいただき勤めさせていただきました。
そこで、保険に対する私の想いは
少しづつ変わっていきました…