昨日のなずさんのブログ、

「わたしもこういうところあるなぁ」と思った。



〉〉〉なずさんブログより


自分の満たされない心の穴を埋めようとして

色んなところへ行き、色んな人に会い

 

誰かが言っている公式に自分の心を当てはめて

納得させようとして、その時は埋まったように感じるけど

結局この胸にポッカリと空いた隙間は埋まらない

 

それは、心を頭で納得させようとしているから

 

そんな時はまず、「悲しい」「嫌い」「怖い」「不安」

そんな気持ちを自分で認めてあげることなのだ

 

 

現実がうまくいなかい人は

その気持ちが置いてきぼりにされていることが多い

〉〉〉



わたしの心の中は、

「幸せだなぁ」「ありがたいなぁ」と

いう思いが湧き上がるのだけど

その感じが続かないようなところがずっとある。



ここのところのわたしは、

今は少し痛みはましなのだけど、

神経痛の痛みのことで頭がいっぱいになっていたり、

ぼんやりしがちだと思う。

「頭を使って考えてない」みたいな、いい感じではないぼんやり具合。


ぼんやりしてるから、すぐネガティブな気持ちに支配されてしまうのかもしれない。




普段、わたしは自分の心の中を丁寧に見られているかと考えたら、


「嫌だ」「怖い」とかの

大きい反応があった時は自分の心と向き合わないと、と思っているけど、


ちゃんと自分の気持ちを見られてないかも、と思った。


なずさんのブログにある「気持ちが置いてきぼり」って、わたしはしてしまいがちかもしれない。



今のわたしは、

丁寧に自分を生きるというより、

目の前の雑事にかまけて、怠けてしまっているかもしれないな。


自分を生きる、とか、

自立って

ラクなことではないのだなと思った。


自分のことを自分で応援し、幸せにするということは、

その前提として、

自分のこと、自分の気持ちや状態を分かってなかったらできるはずない。


ただでさえ怖がりだし、

ネガティブな気持ちは感じたくない。と避けたくなってしまうけど、


大事な自分が「悲しい。嫌い。怖い。不安」と感じていたら、

無視しないで

一緒に寄り添える自分になろう。


自分の気持ちを、もっと敏感に感じる努力をしていこうと思う。