みなさま、ごきげんよう。
普段、私たちは何気なく「いってらっしゃい」という言葉を使っていますよね。
みなさまは、出かける方の背中が完全に見えなくなるまで、たとえば角を曲がってしまうまで、そのお姿を見送っていらっしゃいますか?
偉そうなことを言っている私も、実はすべてのお客様にいつもそれができているかというと、日々の忙しさに紛れて、反省することもあるのですが……。
ふと、ある大切な思い出がよみがえります。
以前、明治神宮の禰宜(ねぎ)様にお見送り頂く機会がこざいました。
あの広くて長い長い参道を私たちが歩いていく間、禰宜様はずっと、私たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けてくださったのです。
「そこまでしていただくなんて、申し訳ないわ」と、私たちは恐縮して、最後は小走りで参ったほどでした。
別れ際というのは、もしかしたらそれが「最後の瞬間」になるかもしれない。 だからこそ、一瞬一瞬を大切に、心を尽くしてお見送りをするのだということを、身をもって教えていただいたような気がいたします。
そしてもう一つ、私には忘れられない「お見送り」があります。
私の実の母のことです。
母は体が悪く、その日も父たちが「もう危ないから止めなさい」と引き止めたのですが、母は「ふみちゃんを見送るの」と言って、どうしても譲りませんでした。
私は扉越しに、
「お母さん、ありがとう。もう中に戻って大丈夫だよ。じゃあ、またね」
そう声をかけて、あとにしました。
でも、それが母との本当の最後のお別れになってしまったのです。
日常のなかで交わされる「いってらっしゃい」や「またね」という言葉。
私たちは明日もまた当たり前に会えると思いがちですが、人生には「絶対」はありません。
もしかしたら、これが最後になるかもしれない。
そう思うと、大切な人の後ろ姿を最後まで見守る数秒の時間が、どれほど愛おしく、尊いものかが分かります。
大切なだれかを送り出すときは、その背中が見えなくなるまで、しっかりと温かいまなざしを届けていきたいものですね。
今日もみなさまにとって、かけがえのない素敵な一日となりますように。