皆様、おはようございます🌞🌸


今日は、日本の美意識のひとつ

「余白」 について

お話ししたいと思います🍵✨


私が「余白」と聞いて

真っ先に思い浮かぶのは、

お料理の盛り付けです🍱💕


西洋料理は、左右対称に

美しく整えて盛り付けることが

多いですよね。


一方、和食はというと……🌿


お料理を少しつんもりと高く盛り、

山を作るように立体感を出します。


そして、左右対称に揃えるのではなく、

あえてバランスを崩した

「非対称(アシンメトリー)」 の

美しさを大切にします✨


器の世界も同じです。


形も色も寸分違わず揃ったものだけが

美しいのではありません。


ひとつひとつに、

少しずつ違いがあること。


それもまた、味わい深い

美しさなのです💕


特に、土から生まれる陶器は

窯の中での火の回り方によって、

色合いや形に微妙な違いが生まれます。


その違いを「不揃いだからダメ」とせず、

その器ならではの個性として愛でる。


そんな日本人の感性が、

私はとても大好きです🥰🍵


そして、お料理を盛り付けるときも

お皿いっぱいに詰め込むのではなく、

あえて空間を残します。


それが「余白」です🌿


何もないように見える空間にも、

実は大切な役割があるのですね。


余白があるからこそ、

お料理が引き立ち、

器の美しさも際立ちます。


そして、ふと思うのです。


これは、私たちの心にも

通じるものがあるのではないかしら……💗


毎日、やることがいっぱいで、

予定も気持ちもぎゅうぎゅう。


そんなときは、

ほんの少し立ち止まってみる。


何もしない時間を作ってみる。


心に余白ができると、

人の話にも耳を傾けられたり、

誰かの失敗にも優しくなれたり。


新しいご縁や、思いがけない喜びを

受け入れることもできるのでは

ないでしょうか🌸


余白は、何もないことではなく、

何かを受け入れるための場所。


お料理にも、暮らしにも、

そして人の心にも。


少しの余裕を持つことで、

今まで見えなかった美しさに

気づけるのかもしれませんね🍀


一宮庵で過ごすひとときが、

皆様の心にそっと余白を作り、

日々の暮らしを豊かにする

きっかけになりましたら嬉しいです💕


🌿🌿本日も、心穏やかな

優しい一日をお過ごしくださいませ🌿✨


皆様、おはようございます🌞✨

今日は、
「ご馳走」という言葉の
お話をしようと思います🍚🌿

ご馳走の「馳走」は、
字の通り、

「馳せ参じる」🏃‍♀️💨

という意味があるんですね。

昔のおもてなしは、
お客様をお迎えするために、

材料を自分で探して、
選んで、
集めて、
整えて……

そして、
一番いい状態にして
お客様にお出しする✨

まさに、
あちこち走り回って
おもてなしをする。

それが「ご馳走」なんですね😊

だから私は、

最高のおもてなしとは、
本来、

「一人のお客様を
一人の人がおもてなしする」

ことなのではないかなぁ、
と思っています🌿

なぜなら、
人それぞれ好みも違えば、
その日の体調も違う。

相手を思うおもてなしだからこそ、

「みんな一緒にどうぞ!」

だけでは、
なかなかできないんですよね😊

そんな茶懐石の心や、
おもてなしの意味を、

もっとたくさんの方に
知っていただきたい✨

そんな思いから、
私は茶懐石のマナー教室も
させていただいています🍵

そして、
茶懐石のもう一つの素敵なところは、

「みんなでいただく」

ということ🌿

現代は、
人が集まって食事をしていても、

隣同士で別々の話をしたり、
それぞれがスマホを見ていたり📱

同じ場所にいても、
心はバラバラ……

なんてことも
珍しくありません。

でも茶懐石では、

目の前にいただいた
一つひとつの食べものに、

「この命をいただきます🙏」

という気持ちを込めて、
みんなで「いただきます」をする。

最初にご飯と汁物が出てくるのも、
日本人にとって
「食べる」ということが
どれほど大切なものだったのか、

そんな心が
表れているように思います🍚✨

食べものは、
ただお腹を満たすものではなく、

たくさんの人の手を通り、
自然の恵みをいただき、
命をいただいているもの🌿

だからこそ、

「いただきます🙏」

なんですよね。

今の時代だからこそ、

同じテーブルを囲んで、
同じものを味わい、

目の前の人と向き合って、
ちゃんとお話をする。

そんな時間が、
とても大切なのではないでしょうか☺️💕

一宮庵では、
お料理を召し上がっていただくだけではなく、

そんな「向き合う時間」も
一緒に味わっていただけたら
嬉しいなと思っています🌿✨

美味しいものをいただきながら、

「今日も命をいただけて、
ありがたいね🙏」

そんな会話が生まれる食卓。

それこそが、
日本の食文化が
大切にしてきた「食卓の時間」なのかも
しれませんね😊🍚✨

🌿本日も心和らぐ、優しい一日をお過ごし下さい🌿

皆様、おはようございます😊

「女将さん」と呼ばれるようになって、もうずいぶん経ちました。

でもね……

実は私、
最初から女将になろうと思っていたわけではないんです。

むしろ、料理が大好きで、
料理の道を極めたいと思っていたわけでもありません(笑)

21歳の頃から、母であり、私の師匠でもある先生のもとで過ごしてきました。

先生のことが、私は本当に大好きでした。

「こんな女性になりたい」

そう思える人。

どんな時でも悪いことを考えず、前向きで、
とにかく素敵な声をしていて、
いつも優しい表情をしている。

たくさんの人に愛された人で、
私にとっては、まるで観音様のような存在でした。🙏✨

そんな先生と、結婚前の一年間、
そして結婚してからの10年間を一緒に過ごしました。

今思えば……

あれが、私の「女将修行」だったんですね。

当時は、そんなことになるなんて、
もちろん知りません。

まさか、そんなに早く母が旅立って、
私が一宮庵を背負うことになるなんて。

夢にも思っていませんでした。

そして、その頃の一宮庵は、
実は経営的にも、とても厳しい状態でした。

このままでは、
大切なこの場所を失ってしまうかもしれない。

そんなところまで来ていたんです。

前の結婚でいろいろなことがあり、
すっかり意気消沈していた私。

そんな私を救ってくれたのも先生でした。

だからこそ、

この人が大切にしてきた一宮庵を、
なんとしてでも残したい。

そう思ったんです。

それは、恩返しでもありました。

そしてもう一つ。

経営は大変なのに、
一宮庵にはいつも笑い声があった。

人が集まって、
くだらないことで笑って、
美味しいものを食べて、
また元気になって帰っていく。

私は、そんな文化も大好きでした。

だから、

「ここだけは、なくしたくない」

そう思ったんです。

ただ……

一宮庵を残すために必要だったのは、
どうやら「料理の才能」だけではなかった(笑)

営業する力。

人とつながる力。

そして何より……

長時間働ける、タフな体力!😂

もしかしたら神様は、

「この人なら、そこは大丈夫ね」

と、そこに目をつけてくれたのかもしれません(笑)

料理が特別好きだったわけでもない私が、
気がつけば女将になっていた。

振り返ってみると、
人生って本当に不思議です。

その時はただ、
目の前にあるものを必死で守っていただけ。

でも今思えば、

21歳から先生のそばで過ごした時間も、
一宮庵で過ごした10年間も、
そのすべてが私を女将にするための時間だったのかもしれません。

母は、私に「女将になりなさい」とは言いませんでした。

でも、知らないうちに
女将になるためのものを、全部教えてくれていた。

だから今、私は思います。

人生には、自分で選んだ道だけじゃなく、
あとになって振り返ると
「この道を歩くためだったんだ」と分かる道もある。

私にとって、一宮庵への道がそうでした。

そして……

女将になった今も、まだまだ修行中です😊🌿

さて、今日も一日。

先生が大切にしていたこの場所で、
たくさん笑ってもらえるように。

女将、頑張ります🍵✨