皆様、おはようございます😊
「女将さん」と呼ばれるようになって、もうずいぶん経ちました。
でもね……
実は私、
最初から女将になろうと思っていたわけではないんです。
むしろ、料理が大好きで、
料理の道を極めたいと思っていたわけでもありません(笑)
21歳の頃から、母であり、私の師匠でもある先生のもとで過ごしてきました。
先生のことが、私は本当に大好きでした。
「こんな女性になりたい」
そう思える人。
どんな時でも悪いことを考えず、前向きで、
とにかく素敵な声をしていて、
いつも優しい表情をしている。
たくさんの人に愛された人で、
私にとっては、まるで観音様のような存在でした。🙏✨
そんな先生と、結婚前の一年間、
そして結婚してからの10年間を一緒に過ごしました。
今思えば……
あれが、私の「女将修行」だったんですね。
当時は、そんなことになるなんて、
もちろん知りません。
まさか、そんなに早く母が旅立って、
私が一宮庵を背負うことになるなんて。
夢にも思っていませんでした。
そして、その頃の一宮庵は、
実は経営的にも、とても厳しい状態でした。
このままでは、
大切なこの場所を失ってしまうかもしれない。
そんなところまで来ていたんです。
前の結婚でいろいろなことがあり、
すっかり意気消沈していた私。
そんな私を救ってくれたのも先生でした。
だからこそ、
この人が大切にしてきた一宮庵を、
なんとしてでも残したい。
そう思ったんです。
それは、恩返しでもありました。
そしてもう一つ。
経営は大変なのに、
一宮庵にはいつも笑い声があった。
人が集まって、
くだらないことで笑って、
美味しいものを食べて、
また元気になって帰っていく。
私は、そんな文化も大好きでした。
だから、
「ここだけは、なくしたくない」
そう思ったんです。
ただ……
一宮庵を残すために必要だったのは、
どうやら「料理の才能」だけではなかった(笑)
営業する力。
人とつながる力。
そして何より……
長時間働ける、タフな体力!😂
もしかしたら神様は、
「この人なら、そこは大丈夫ね」
と、そこに目をつけてくれたのかもしれません(笑)
料理が特別好きだったわけでもない私が、
気がつけば女将になっていた。
振り返ってみると、
人生って本当に不思議です。
その時はただ、
目の前にあるものを必死で守っていただけ。
でも今思えば、
21歳から先生のそばで過ごした時間も、
一宮庵で過ごした10年間も、
そのすべてが私を女将にするための時間だったのかもしれません。
母は、私に「女将になりなさい」とは言いませんでした。
でも、知らないうちに
女将になるためのものを、全部教えてくれていた。
だから今、私は思います。
人生には、自分で選んだ道だけじゃなく、
あとになって振り返ると
「この道を歩くためだったんだ」と分かる道もある。
私にとって、一宮庵への道がそうでした。
そして……
女将になった今も、まだまだ修行中です😊🌿
さて、今日も一日。
先生が大切にしていたこの場所で、
たくさん笑ってもらえるように。
女将、頑張ります🍵✨