「玉の輿なんて、もう真っ平ね」

あの世でこう申しているのは、米モルガン財閥の御曹司に見初められ、「日本のシンデレラ」と言われたものの、あちこちから後ろ指をさされ、あまり良いことない人生送らざるを得なかった京都の芸妓モルガンお雪さんであります。富豪の妻なのにどうして? その経緯をたどってみることにしましょう。


モルガンお雪



「断るだろうと吹っかけたのに……」

刀剣商の家に生まれたお雪さん、父親に早く死なれ、姉が経営する遊郭で14歳から芸妓修業、20歳のとき、客だった米国青年に見初められた。よくある話。すでに若い恋人いたし、適当にあしらっていたが、相手はしつこく、3年越しで迫られた。懇意の人に相談すると、「身請け代、吹っかけてやればすぐ退散するさ」と言われ、その通りにした。「私の身請け代はこれこれ」。目の玉飛び出す金額言ってみた。相手は顔色変えるでもなく、「よし決まった。ぜんぶOKだよ」。断るつもりがあとに引けなくなってしまったお雪さん。



ジョージ・モルガン



「まさかあれほどけたたましい大富豪とは……」

青年は何者? なんとロスチャイルドと並ぶモルガン財閥を築いたJ・P・モルガンの甥ジョージ・モルガンでした。ジョージは本国で失恋して心の傷を癒やすために来日した。そこで巡りあったお雪さんにぞっこん、以後、3年にわたって「一緒になろう」と口説き続けた。お雪さんは若い恋人に惚れていたが、ジョージとのことが評判になると、ふられてしまう。こうして2人は結婚式をあげると、米国へと旅立った。お雪さん23歳、ジョージは33歳。世間ではこの結婚を「玉の輿結婚」とはやし立てますが、中には「カネに目が眩んだ」と彼女を揶揄する者も。

「夫が早死しなけりゃ幸せだったのかも」


ジョン・ピアモント・モルガン。モルガン財閥創始者



まだ人種差別が強い米国で、彼女はモルガン一族から歓迎されざる存在に。で、2年滞在後、夫婦でパリに移住。彼女は社交界の花形的存在に。しかし、結婚10年過ぎたとき、44歳のジョージは心臓マヒであっけなく亡くなる。ジョージの遺産を相続したお雪さんは、新しい恋人とマルセイユへゆき、悠々自適の生活を。以後の15年くらいが彼女のもっとも充実した人生だったかも。しかし、新恋人も心臓マヒで亡くす。このときお雪さん50歳でした。せっかくお金持ちになれたのに、どこか本当のツキがないお雪さん。

「周囲が祝福してくれない結婚しちゃダメ」


芸妓時代のお雪




結婚は、2人が良ければそれでいいか。お雪さんは「自分たちも良く、周囲も祝福してくれる結婚をしなさい」と言っています。新恋人にも死なれたお雪さんは、その後日本へ帰国、82歳の長寿を全うしました。さて、今日も元気な悪妻の皆さん。あなたの結婚は玉の輿でしたか。玉の輿婚とは不相応結婚のこと。お雪さんはカネ目当てでないのに世間からそう思われた。やわな神経の持ち主はこういう結婚はしないほうがいいですよ。「普通の人は、人からもらえるものにしか興味がない。だから金持ちになれないのだ」(ユダヤの大富豪の教え)


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