米国のアンドルー・ワイル博士は代替医療に関する名著「人はなぜ治るのか」(春秋社)で、「東洋医学の脈診と西洋医学の脈診とでは、モナリザと新聞漫画ほどの違いがある」と書いている。

同じく手首の動脈に触れながら、西洋医学が心拍数や不整脈を診る程度なのに、東洋医学では病んでいる部位、病因、生死までも読み取るからだ。

だが、脈診でそこまで分かるのだろうか。

現在、日本で主流の六部定位脈診法では、人差し指、中指、薬指の三本を両手の六つのポイントに当て、心、肝、脾、肺、腎の経絡と臓器の変動を診る。

けれど、それを鍼灸師でも信じない人はいる。

 

 一方、東京の池袋駅前で診療する鍼灸師、井上雅文さんはこう言う。

「脈診はうそではない。では何かというとフィクションなんです」

四十年間、この道一筋に脈診を臨床に生かしてきた人の含蓄ある言葉だ。

「フィクション」とは、井上さんにとって、科学的真実かどうかはさておき、それに従って治療すればいい結果に導かれる作り話というような概念である。

そして井上さんは日々、先人が構築したこの作り話の有効性を確認している。

 

 「精神分裂病の患者さんで、こういうことがありました。よよと泣き崩れるとき、ものすごく怒っているとき、完全に分裂状態のとき、六部定位脈診で脈診するとそれぞれ違う。肺を診る部位に力がなく肺虚だったり、肝虚だったり肺虚だったりするんです」

 

 鍼灸医学では、愁いは肺臓、怒りは肝臓、思いは脾臓がつかさどると考える。

それに合致していた。

「決してばかにできないんです」

井上さんの脈診術への貢献は、中国では失われた脈診法・人迎気口診を独自の研究でよみがえらせたことである。

 

 左右の手首の脈の大小・浮沈などを比較し病因や予後をも判定する修練を要する技法だが、著書「脈状診の研究」(自然社)を読むと、基本的な認識は神秘的というより合理的であることが分かる。

「例えば太っている人の脈は沈んでいる、痩せた人の脈は浮いている。老人は脈が遅いのが普通。これに反していれば異常があるとまず考えるわけです」

 

 このような脈診の機械化を考えた人がいる。

ソニーの故井深大最高相談役である。

研究の命令を受けたのは現在、エム・アイ総合研究所のエンジニア、高島充さん。

韓国の東洋医師に脈診を習い、東北大などで試験的な研究を始めてから10年、最近、製品化できる段階に達した。小型の血圧計のような形で、手首で計測する。

 「最初は信じていなかったんです。研究するうちに、脈が体に関する無数の情報を総合的に含んでいることが分かりました」。高島さんは「この機械はまだ名人の域ではない」と言うが、十分東洋医学的な病気の予知や診断ができるという。

 

 脈診機の発明は、伝統的な脈診法への関心も呼び起こすことだろう。