車の中から見下ろすと真珠いかだを浮かべた入江の岸に家並みが張り付いていた。

 愛媛県南宇和郡西海町。松山市から特急とバス、タクシーを乗り継いで4時間サンゴと熱帯魚で知られる人口3,500人の漁師町だ。

ここで4年間、全国でも珍しいお灸による地域健康増進プロジェクトが行われてきた。

 

 午後一時半、会場の福浦公民館には、開始まで30分あるのに、早くもおばあさんたちがやって来た。

町任命の女性ヘルパーさんが、最近の様子を聞いてカルテに書き込み、会議室の診察コーナーに案内する。

 

 応対するのは、山下清治さんら愛媛県立中央病院東洋医学研究所の鍼灸師3人。

再度訴えを聞き、前回、印をつけた灸点に家族や友人からお灸をしてもらっているかどうかを確認する。

灸点は位置が変わることがあるので、その場合は付け直す。

 

 他の鍼灸師、村山功さんと益田修さんは、ヘルパーさんが運転する車で、在宅の6人の家庭を回った。

脳卒中の後遺症で動けない人や半身まひの人もいる。

本人や家族から状態を聞き、灸の具合を点検する。

 

 「ぼくらは基本的に治療ではなく、お灸の普及に奉仕してるという意識なんです」

と月一回、仲間と松山市から西海町に通い続けてきた東洋医学研究所医師、山岡傳一郎さんは言う。

「ですから、できるだけ灸点を下すだけにして、お灸をすえるのは本人や家族、友達同士にまかせてきました。それができる文化的背景がここにはあるんです」

四国は八十八ケ所巡礼の地。宗教と医療が結びつき昔からお灸が盛んだ。

西海町にも以前は高知県からお灸屋さんが来て灸点を下ろしたという。

風邪やものもらい、扁桃炎などで親にすえてもらった思い出を語る人も多い。

 

 「そういう伝統を生かし、お年寄りが健やかに老いる地域づくりに役立てたいと言う意味合いがありました」と山岡さん。

 

 きっかけは、1991年、しばらく医師がいなかった町の診療所に、神奈川県立子ども医療センターで心臓外科医をしていた大川恭矩さんが赴任したことだった。

大川さんは地域医療の経験は初めて。

偶然、東洋医学研究所の光藤英彦所長が大学時代の先輩だったことから相談し、鍼灸という手段を知った。

「毎月来て指導してください」プロジェクトは95年、大川さんの発案で始まり、翌年には町の仲立ちで厚生省の予算も付いた。

 

 「お灸は自分でやるのがいいところなんです。熱いのをやるわけですから、自分からやる、望んでやってもらう、そんな感じです。受動的じゃなく積極的なんです。そのせいか、ここの老人たちは明るく元気です。いい雰囲気ですよ」

と大川さん。お灸でつくる健康の里。全国に広がってほしい活動である。