中国古代の医師は、全身を水路のように流れ統括する経路という気のルートを考えた。

それは目には見えないという。 

 

 人体解剖をしていなかったから?とんでもない。

2000年近く前に公式の解剖記録があるし、戦争の死者などからも皮膚の下をうかがえたはず。

恐らく一生懸命探した上で見えないと言ったのだ。

 

 ところが昭和41(1966)年、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のキム、ボンハン教授が経絡の解剖学的、組織的な実態を発見をし、ボンハン管と名付けた記録映画「経絡の世界」が東大で上映されたのである。

 

 情報は5年前から伝わっており、それを疑っていた鍼灸師、研究者もカラー映像の説得力には弱かった。

鍼灸界の老舗の月刊雑誌「医道の日本」の当時の号には「反論の余地はない」「待ち望んでいた鍼灸術の科学化」「この目で見た。そして信じた」と関係者の興奮があふれている。

 

 大阪大、大阪市立大、名古屋大、東邦大などの生理解剖学者がこぞってボンハン学説の追試に乗り出したことも、時代を感じさせる。かつての日本の植民地が社会主義国になり、一躍、科学的成果を挙げた。

戦後の東西冷戦構造も手伝い、人々は期待した。

 

 だが、元の報告には実験方法の記載もなく、追試は遅々として進まなかった。

やがて、キム教授失脚の噂が入ってきた。今では、ボンハン管、何それ?だろう。

 

 鍼灸家にとっては見える、見えないより、役立つかどうかが重要だ。

福岡大スポーツ科学部の向野義人教授は、経絡の概念を治療の現場に生かしている。

 

 腰痛を訴えて62歳の男性が来た。

庭の草むしりをしたら痛くなったという。

整形外科では腰椎が年齢相応に変形しているのが原因と言われ、何度かけん引や局所注射を受けたが治らない。

 

 向野さんは腰痛の特徴を調べるため、考案した「経絡テスト」の方法に従って首や腰を曲げたり、脚を上げたりしてもらった。

 

「腰を前へかがめても痛みは悪化しない。

腰を後ろへ曲げ下半身を伸ばしたときに悪化する。

上体から下肢(かし)の前面には胃経という経絡が流れています。

草むしりでしゃがんだため脚の胃経に障害が起き、痛みが誘発されたと診断しました」

 

下肢(かし)に軽くはりをしたら、即座に腰痛は改善された。

 

「患者さんを見ていると、このケースのように、体の一部の異常がほかに影響することが分かります。

膝の軽い打撲が肩の痛みを誘発したり、手指の疲労で首筋が痛くなったり。

そんなときは痛む所だけ治療しても駄目です。

今の医学には人体各部の関係を分析するシステムはないが、古代人は考えていた。

それが経絡です」と向野さん。

 

 体の部分と全体は相互に影響し、シンフォニーを奏でている。

経絡という考え方は、そんな微細な網の目のような人体の構造に気づかせてくれる。