二礼二拍手一礼は本当に正しいのか? | 宇宙の叡智を降ろすブログ

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二礼二拍手一礼は本当に正しいのか?

現代では、神社に参拝するとき、ほぼすべての人が同じ作法をしています。

 

お賽銭を入れて
鈴を(あれば)ならす。

 

お辞儀を二回。
柏手を二回。
人によっては祈願し、
最後にお辞儀を一回。

 

これを『二礼二拍手一礼』、または、二拝二拍手一拝といいます。
(拝も礼も一般的には同じ意味で使われる。
二拝ではなく再拝と言う場合もあるがこれも意味は同じ。)

 

 

これが正しい作法であると、すっかり定着しています。

 

 

多くの神社に、その参拝の作法が置いてあります。
神社に行かれる方ならばよく見るのではないでしょうか?

 

 

しかし、これは長年つづいた伝統的な作法ではありません!
比較的最近作られた作法なのです。

 

 

では、いつごろから広まったのか?
ネットであれこれ調べたことをまとめると、

 

昭和末期か平成に入った頃(1989年)、1980年代後半ぐらいから二礼二拍手一礼する人が急速に増えていったようです。

 

quote
昭和末期の1985年には国会で「一般市民は、いま参拝するときにはお賽銭を投げて一礼をする、あるいは形式的に二礼二拍手一礼をやっているかもしれません」という発言があった。これにより当時は神社参拝で一礼するのが普通であり、二礼二拍手一礼は「やっているかもしれない」といわれる程度の普及度であったことが分かる。
引用元(装飾ブログ主):二礼二拍手一礼 - Wikipedia

 

quote
少し年齢が上の世代になれば、自分が若い頃は、そんな参拝の仕方はしていなかったと、昔を思い出している人たちもいるのではないだろうか。実際、二礼二拍手一礼という参拝の作法が広まったのは、それほど昔からのことではない。いつから広まったのかについては、はっきりしたことは分からないが、浸透したのは平成の時代になってからで、昭和の時代には、まだそれほど広まってはいなかったのではないだろうか
引用元(装飾ブログ主):「神社で柏手を打ってはいけない」納得の理由 「二礼二拍手一礼」はウソだった

 

 

二礼二拍手一礼が定着する前は、
一礼のみ、二拍手一礼、合掌のみなどと、みなが思い思いのやり方をして、これといった作法はなかったのです。

 

 

 

 

誰が作法を広めたのか?

では誰が二礼二拍手一礼を普及させたのか?

 

 

私がやったという人や、決定的な証拠は、
なんと・・・存在しません!!

 

 

とは言え、多くの神社に参拝の作法が置かれているのだから、神社公認なのです。

 

 

となれば、日本の9割以上の神社を統括している神社本庁が勧めたであろう事は間違いありません。

 

 

 

神社本庁のHPを見てみると、以下の様に書いてあり、手水の作法、拝礼の作法、玉串拝礼の作法とつづいています。

 

quote
神社に参拝する場合、どうしても形にとらわれてしまい、終始形式的になりがちです。参拝作法は、永い間の変遷を経て現在、「再拝二拍手一拝」の作法がその基本形となっています。

そこに、どう心を込めるか、また込めたほうがよいのかは、参拝される皆さんの心の持ち様ではないでしょうか。
引用:参拝方法 | 神社本庁

 

 

なんだか、もって回った言い方ですが、
「再拝二拍手一拝」(二礼二拍手一礼)が作法の基本だからやってくださいという感じでしょうか。

 

 

じゃあ、そもそも神社本庁ってなに?

 

 

 

 

神社本庁とは何か?

 

神社本庁とは全国約8万の神社の運営をする組織であり、つまりコンビニの本部のようなものです。日本のほとんどの神社が加盟しています。
(伏見や、出雲など主張が違うところは設立時から入っていない。

後日も神社本庁とめて抜けた富岡八幡宮、金刀比羅宮なども存在する。)

 


代々木にある神社本庁の建物。
画像:神社本庁 | 公式サイト

 

実際の神社本庁は、東京・代々木、明治神宮の隣りにある。
ここではスーツ姿の職員約60人が働く。
そして、全国の神社の運営方針を決めたり、神主の資格の管理、人事などを調整している。

 

 

 

 

神社本庁

戦前は、伊勢神宮をトップに大手神社は国の管理下にありました。
いわゆる国家神道です。

 

 

第二次世界大戦後、GHQは日本の強さには国家神道が原因の一つであるとし、

国家と宗教を分離するように通達します。
 

それによって1946年2月3日に結成された民間の宗教団体が神社本庁なのです。

(省庁みたいな名前で間際らしいですが、一宗教法人なのです)
この神社本庁の下に日本のほとんどの神社が(コンビニのように)参加しているのです。

 

 

宗教ジャーナリスト小川寛大氏によれば、神社界全体として、自分達は突然放り出されてしまった恨みの情念が渦巻いているそうです。
それが反米思想、戦前回帰へと繋がっていると言います。

 

そして1980年に神社本庁憲章を発表します。
それについて小川寛大氏は以下の様に述べています。

 

quote
『神社本庁憲章の解説』の中には、「ひたすら大御代の弥栄を祈念申し上げることこそ、神社祭祀の本義でなくてはならぬ」といった文章も出てくる。そうした主張を前提としてまとめると、神社本庁はつまり「天皇の統治する時代、また皇室の繁栄」を祈ることこそが、神社の活動の第一目的だとしているわけなのだ。
一般の参拝者が願う〝ご利益〟は二の次、もっと言えば、それはあくまで「天皇の統治する時代、また皇室の繁栄」があった上でかなえられるものなのだ、としているのである。
引用:【小川寛大】神社本庁とは何か「安倍政権の黒幕」と呼ばれて

 

 

今の神社本庁というものは、戦前回帰、天皇中心主義の復活を願い、それによって神道が国家に一体となることを夢見ているわけです。

 

その為に、神社本庁は積極的に政治に関与し、憲法改正を訴えて安倍晋三を担いでいたわけです。

 

 

 

 

二礼二拍手一礼の普及の目的

1980年に発表された神社本庁憲章で、ハッキリと戦前回帰をうたった神社本庁。
となれば、1980年代後期から広がった二礼二拍手一礼の普及というのも、その流れで行われたと考えるが自然です。

 

戦前の国家神道とは、皇室を頂点とし、天皇の祖先である天照大神を祀る伊勢神宮を神社の頂点に置く体制であり、それは国家の為の宗教でした。

 

それは昔から日本の伝統としてある多神教で緩やかな自然信仰とはまったく違う、明治以降に作られた人工的で国家の為の宗教なのです。

 

 

 

 

何が問題なのか?

二礼二拍手一礼に話を戻します。

 

二礼二拍手一礼の何が問題かというと、戦前回帰を望む人達が、密かに流行らせているやり方であるということです。

 

そして、実は戦前ですら、参拝には明確なやり方はなく、参拝者は、思い思いのやり方で参拝していたのです。

 

合掌のみ、一礼のみ、二礼二拍手、統一された作法はなく思い思いのやり方だったのです。

 

 

神さまは人間がどのようなやり方をしようと気にしない。
というのは基本ですが、

 

わざわざ戦前回帰を望むやり方の人達が提案している作法で参拝をするということは、神さまへの参拝に、一段余計な物を入れていることになるのです。

 

 

もしもあなたが、作法だからとなにも考えずに二礼二拍手一礼をしているのなら、一度、参拝の作法を見直してみることをお勧めしたます。より深く神さまと交流ができるということなのです。

 

 

 

 

最初、調べた分だけ書いていたらかなりの量になったので、今回は要点のみにしました。
気が向いたらもう少し書くかも知れません。