<2026.08.14>
明日は81回目の終戦記念日です。
当地では、この8月はテレビや新聞で『原爆記念日』や『終戦記念日』の特集が多く見受られます。
私は、大分で生まれ育ったものですから、原爆は体験していませんが、終戦の日は体験しています。
終戦の日、昭和20年の8月は、ちょうど私は小学校(当時は国民学校)1年生でした。
当時は夏休みなんてなかったのか・・・・、私たち1年生と2年生は学校から離れた森の中の神社で授業を受けていました。
ちなみに、3・4年生も別の場所の神社での授業だったようであります。
一方上級生となる5・6年生は、学校に残って校庭の一部を耕しては畑作り・・・・、その畑には『唐芋』を植えていて、上級生は学校に残り授業の傍ら?農作業にも従事していたようです。
今から考えると何故『夏休み』がなかったのか、1億総戦争の時でしたから止むをえなかったんだと思います。
私は1年生であったせいか、正午12時の『玉音放送』の事は、良く覚えていませんが、下校途中よその農学校に自転車で通っていたお兄さん(他人)に、会って自転車の荷台に乗せてもらっていてその兄さんの背中を掴みながら「日本は戦争にまけたんねー・・・・」と、私が発した言葉だけは覚えています。
私の当日の記憶はその程度で、戦後80年余の中『玉音放送』の拝聴場面をテレビや新聞でその様子は何回も見ていますが、『ハタッと』振り返っても。自転車での会話の場面しか浮かんできません。
終戦記念日の様子は、以上ですが・・・・、その前の1年間?くらいは子供心にもいろいろ戦争に関係する印象はありますね。
次回そのことについて少し綴って見たいと思います。
<暑~い夏の「百日紅」満開(1)>
<「百日紅」満開(2)>

