下山開始。
車道を降りていく。
前には5名の歩き遍路の姿が見える。
女性2名男性1名の3人組と、男性2人組であった。
四国霊場開創1200年記念が5月までらしいので、それまでは歩き遍路は多いのだろう。
平日に、この雨の中これだけ歩いている人を見るとは驚きだ。
その方たちに挨拶し、先をいく。
3人組の中の一人の女性が少し足が痛そうで気になった。
幸い自分は、体力的にもまだ余裕があるので、寄り道して番外霊場の六万寺を目指すことにした。
志度寺への遍路道を外れ、大谷池の方へ歩く。
寺の場所がわからず池沿いを行き過ぎてしまった。
戻って辺りを見渡すと、近くに寺っぽい建物があったので、そちらに降りてみる。
そこには立派な桜の木。
その先の建物が予想通り六万寺であった。
こぢんまりとした落ち着いたお寺。
参拝し、再び志度寺への遍路道へ戻る。
ちょうど、先ほどの男性二人組が降りてきたところだった。
つくしが沢山、スギナも出始めている。
小さな池がいくつもある。
下りが終わり、道が平坦になる。
琴平電鉄と高徳線が並走する所まで来る。
2本の線路の間の道を歩く。
また選挙カーから「お気をつけてご参拝ください」の声をかけていただいた・・(苦笑)
左側に海が見える。
志度湾である。
これが遍路で最後の海となるのかな。
志度の街へ入る。
平賀源内の邸宅
石鉄大権現石灯籠。。
86番奥之院の地蔵寺。
そのすぐ先が志度駅だ。
志度駅方面から、
先ほどの3人組がやってきた。
一人が足を痛そうにしていたので、電車を使ってきたのだろう。
挨拶をする。
「あれ?どこかでも挨拶しましたよね?」
と言われる。
「八栗寺降りはじめの所ですね」と返す。
「もう降りてきたの?今日はどこまで?」
「長尾寺近くの宿です」
「もう少しね。私たちはこの近くに泊まるの」と。
あと少しで志度寺だ。
疲労感と、浸水による身体や着衣の重さが気になり始めた。
15時26分、86番志度寺着。
土が多い境内で、雨のためぐちゃぐちゃ。
屋根のある場所にベンチが見当たらなかったため、お堂の軒下にザックを置かせていただく。
参拝用品をサブバックに入れて参拝する。
歩き遍路、バス遍路、沢山のお遍路さんでにぎわっている。
雨が小降りになったのでザックからカメラを取り出し写真撮影。
遍路終盤は、お軸だけでなく納経帳も盗難に合うことがあると、先輩方から聞いているので荷物を入れたザックを背負ったまま散策&写真撮影をする。
時刻は16時を過ぎている。
ぼちぼち出発しないとな。
16時7分、志度寺発。
87番長尾寺まで7km、今日は納経時間に間に合わないな。
宿は長尾寺直近だし、明日打とう。
もう一か所、番外霊場の霊芝寺にも寄ってみたかったけど、宿の到着が遅くなりすぎてしまうので、真っ直ぐ長尾寺方面へ進む。
雨はまた強まってきた。
飲み物が無くなったため、自販機かコンビニで買わないとなぁと思っていたが、もう少し先でいいかななんて思っているうちに街を抜け自販機すら見当たらなくなってしまった・・。
しばらく歩くと、オレンジタウンという横文字な感じの街へ着いたが、道沿いには何もない。
しばらくしてようやく自販機を発見。
缶ジュースを1本飲み、ペットボトルを1本ザックのポケットに入れる。
これで宿までは充分だ。
だいぶ身体がだるくなってきた。
当願大明神。
雨で桜が散り始めているな。
県道を外れる。
少し行くと87番奥之院の玉泉寺。
あと少しだ。
時刻は17時を回っていた。
寄り道しすぎて、思ったより到着時間が遅れてしまった。
雨の中、車は勢いよく走っていき、少し怖い。
最後なので、気を付けながら。
長尾寺が見えた。
山門のすぐ奥に本日のお宿「ながお路」がある。
17時30分、ながお路着。
予想よりすっかり遅くなり、すっかりずぶ濡れだ。
主人がタオルを持ってきてくれて、館内の案内をしてくださった。
フローリングに綺麗な室内だ。
すぐに入浴を済ませ、反対側の建物にある食堂で夕食。
すでに3名の男性が食事をはじめていた。
皆さん60代くらいに見える。
「遅くなってすみません」と声をかけ、食事を始める。
3名とも通し打ちで、2名が静岡、1名が愛知の方であった。
3人中部・東海地区ということはかなり珍しいらしく、そのことで盛り上がっていた。
中部地区から四国へのアクセスは意外に面倒であると話していた。
自分も自己紹介をさせていただく。3日遍路で東京から来ていると話す。
「距離は遠いけで東京からの方が楽だよ。東京からバスなら、そのまま高知まで行けるでしょ?」と。
「はい。」
「上手くプランニングできれば、バスを降りたがすぐスタートできることもあります。そうでなくてもバスを降りて1回電車に乗れば次の開始地点まで行けること多いです。」
「そうだよなぁ」
静岡からだとバスを乗り継ぎ、そこから電車なんてことも多そう。
ゆとりをもって、移動で一日使い前泊してから歩くことが多いと言っていた。
そして話題は香川の方の運転マナー(香川県の方すみません・・・・)
今日の行程で皆少なからず同様な思いをしていたようです。
続いて、明日の予定について。
愛知の方は別格も全て回られているとのことで、明日は早出で別格20番へ行くとのこと。ちなみにその方は、自分と同じように金毘羅さんや石鎚山など遍路コースに近い観光スポットにも立ち寄りながらあるかれているとのこと。
静岡の方の1名は歩いて88番へ行き、その後バスで帰宅だそう。
静岡のもう一名は知り合いの方が車で迎えに来てくれるというので、その言葉に甘えて車で88番へ上がり、その後バスで帰宅すると言っていた。
「自分は10番へ出て1番に戻ります」と話す。
「そういう人もたまにいるよね。どれくらいかかるの?」
「88番から10番までは18km位です」
「そうなんだ。88番まで行ったらもう100mだって歩きたくないな、俺は」と静岡人(笑)。
愛知の方は60代とのことだが、百名山も登り、普段からテント泊、遍路でも必要に応じては野宿もしているというアウトドア男、山男であった。
「お兄さんは、遍路で野宿するの?」と聞かれた。
「昨年のGWは宿が取れず、テントと寝袋持って歩きました。テントは重いし、遍路小屋も沢山あるので、四国ではさすがにそこまではしなくてもいいかなと思いました。ただ寝袋だけの野宿は寒さや夜露が心配で」と答える。
「GWは野宿に限るね(笑)。SOLって知ってる?」
「あのエマージェンシーシートのSOLですか?」
「そうそう。あそこが寝袋型のシートを出していて、それをシュラフカバーとして使うとシュラフの夜露や多少の雨なら大丈夫だよ。口元は蒸れるから出しておいて手ぬぐいか何かをけておけばいいよ」
「SOLのシュラフカバーですか。そんなものが出ているのですか?こんどアウトドアショップ見てみます」
愛知の方以外もかなり山を登られている人たちで、東北の山々の話しで盛り上がる。
愛知の方のテントや野宿の経験の多さに驚く。
「60代で野宿だのテントだの、すごいね。兄さん60代になって同じこと出来る?」
「できるものならやりたいですけど、とても出来るとは思えません」
「だよな」
ちなみに3名とも主たる仕事はご退職されているとのこと。
静岡の方の一人は退職金を投資信託に当て、それなりの利益(現役時の給料よりいいと言っていた)が出ているので、こうやって遍路に出ていると言っていた。
もう一人の静岡人は株で儲かったので、遍路に出た。儲けが出るとそれを遍路に充てているとのこと。
それを聞いて、
「いやぁ、うらやましい生活だなぁ」とついつい言葉が出てしまった。
「お兄さんはまだ若いから、ちゃんと働いて苦労して社会貢献しなきゃだめだからね(笑)。我々はもうお役目を果たしたんだから(笑)」
「はい肝に銘じます(笑)」
宿の主人が、
「朝食は6時半からでいいですか?」と。
愛知の方は早く出るため朝食は無し、静岡の車で88番へ行く方はもっと遅くにしてほしいと。
自分ともう一人の静岡の方とは6時半でお願いした。
「お遍路交流サロンが8時からなのでそれくらいがちょうどいいと思いますよ」と主人。
「8時から開いているんですか?9時かと思ってました」
「8時から開いてますよ」と主人。
それはいい情報だ。
明日は交流サロン以降が時間的にタイトになりそうな気がしていたので、少しでも早めに出られるのはいい事だ。
はじめは、長尾寺近くの公園の桜でも見てお遍路交流サロンが開くまで時間を潰そうかと思っていた。
しかし8時開館だと、朝食を摂り長尾寺を参拝して交流サロンに行けば8時は絶対過ぎる。
交流サロンまでは寄り道無しで行こう。
結願前の最後の美味しいお食事と、最後の楽しいお喋りを終え、各々部屋の戻る。
洗濯を済ませ、出発前に連絡をくれた方々、無事の到着をメールする。
身体はダルさはあるものの、痛み等は出ていない。
順調だ。
ストレッチとフットケアをし、納札を書いて就寝。
いよいよ明日で結願だ。
しんみりするよりも先に睡魔が訪れた。
2015年4月3日
区切り11回目1日目(延30日目)
天気:曇のち雨
歩行距離:36.3km(寄り道迂回含)
