よくあるお墓があってそこに納骨するなら、何も考える必要はなかった。
先祖のお墓は島にあり、車の免許がない母は、そこまで行くルート(電車かタクシーを使い船に乗る。船の便が少なく不便である)に不便さと体力の衰えなど、もあり島での納骨はしたくないとの考え。
自宅から自転車で行ける範囲で永代供養があればいいと思っているようだが、決めかねていた。
そこに姉も母の考えを尊重し、自身が仕事の休みなど日程が合えば自分が母を車に乗せて行ける範囲までの場所で永代供養を考えていると。
私はどうしたいのか?私の方が(仕事柄)詳しいだろうから、情報が欲しいと。
結局は予算に限りがあるのに、自分たちのイメージするものに近いものを探して見に行かないと、わからないよ。と、言う返答や、知ったふうに話すから、わかっているのかと思い話を進めていたら、そんなんやってこっちは素人やのにわからんやんと言いはじめ。
すごく疲れた会話になってしまった。
祖母とは母や、姉とのような関係の記憶がなくこころの拠り所であった気がする。
この、祖母の納骨先をこの2人と一緒に考える?見学に行く?などのやり取りで、自分も家族の一員であると思いたかったのかもしれない。
家族ゴッコがしたかっただけなのかもしれない。
いつも自分だけこの家族からはみ出ていると感じながら過ごしていた。
20で家を出て実家には寄り付かず、もちろん連絡もする事なく、離れていたのに、なんだかんだでこの人たちの近くに戻ってきてしまった。
さっさと絶縁すればよかったのか。