今回は『孫子』
さて、前回は裴松之注の『三国志』に収められた「人生有死、修短命矣。」というフレーズについて扱ってみた。まだ見ていない方は是非こちらの記事も。
https://ameblo.jp/fuma-litwine/entry-12948992325.html
今回登場するフレーズは2つ。
「兵は詭道なり」
「地を知りて、天を知れば、勝すなわち全うすべし」
どちらも作中で出典が明かされているように『孫子』に収録されている言葉である。
『孫子』と聞くと多くの方は「孫子の兵法」を連想されるかもしれない。
まさしく『孫子』は戦の多き時代における戦術のバイブルであり、中国のみならず、江戸時代には日本でも広く流通し、人気を集めていた。
古典は解釈次第でいくらでも、我々の生活や考え方に応用することができる。
「孫子の兵法」というテーマで数多くの自己啓発書が乱立しているこの時代だからこそ、今回は、注釈や語義に基づいて改めて『孫子』を真正面から読解していこうと思う。
引用フレーズその②「兵は詭道なり」
【セリフ主】大和敢助
【作中解説】戦いの基本は敵を欺くこと。孫子の言葉ですね。(諸伏高明)
【出典】『孫子』始計篇
まずは原文を見てみよう。
兵者、詭道也。故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近。利而誘之、乱而取之、実而備之、強而避之。(『孫子』始計篇)
「強而避之」のあとも少々続くのだが、長くなってしまうので今回はここまでを見てみよう。
出典は『孫子』の始計篇(または「計篇」と呼ぶことも)。
自陣と敵陣の情況を鑑み、戦を計画する段階の重要性について解かれた、『孫子』の一番最初の章である。
この箇所を訳してみると、
試訳:戦争とは詭道(敵をだますこと)である。そのため、能力があっても敵には無能に見せ、武力行使をすることができても敵にはそれをできないように見せ、近くにいても敵には遠くにいるように見せ、その逆も然り。利益をちらつかせて敵を誘い出し、敵勢を乱して戦力を奪い取り、敵勢が充実しているときにはそれに備え、強大である場合はそれをうまく避ける。
「近而示之遠、遠而示之近」の部分については直訳するとあまりにも抽象的になりすぎてしまい、かえって意味がとりにくいので、ここでは浅野裕一氏の解釈を見てみよう。
実際は目的地に近づいていながら、敵に対しては、まだ目的地から遠く離れているかのように見せかけ、実際は目的地から遠く離れているにもかかわらず、敵に対しては、すでに目的地に近づいたかのように見せかける。(浅野裕一『孫子』講談社、1997)
このように敵陣と自陣の距離感を表していると考えれば、後ろとの繋がりにも納得がいく。
なお、『孫子』の注釈書として、現存最古のものに、魏の武帝 曹操の施した注(通称「魏武注」)がある。
曹操は「詭道」について、「無常形、以詭詐為道。(決まった形がなく、とにかく欺くことを原則とする。)」とする。またその後の注にも、「兵無常勢、水無常形。(水に決まった形がないように、軍勢にも決まった形がない。)」とある。
当時の戦争は(今もそうだが)、国家の命運を分ける一大事であって、深い洞察とともに遂行されねばならないと、『孫子』の冒頭にある。
『孫子』が現代社会においても広く読まれるのは、戦争がどうこうというよりも、「何事も戦略なくして成されることはない」ということを『孫子』が教えてくれるからであろう。
自分の手の内を赤裸々に公開するのではなく、「能ある鷹は爪を隠す」ではないが、自分の持つ知識や技術は然るべき時に力を発揮できるように磨いておく必要があるということだ。
引用フレーズその③「地を知りて、天を知れば、勝すなわち全うすべし」
【セリフ主】諸伏高明
【作中解説】地形や気象を把握していれば、勝利は揺るぎないという孫子の言葉。(毛利蘭)
【出典】『孫子』地形篇
原文は次のとおり。
故知兵者、動而不迷、挙而不窮。故曰、知彼知己、勝乃不殆。知天知地、勝乃可全。(『孫子』地形篇)
『孫子』地形篇は、主に地形に応じた軍の動かし方を説いたパートである。
この箇所の前には、「敵を撃破するのに十分な戦力や態勢があるかどうかに加え、自軍に有利な地形であるかも重視する」という内容がある。それを念頭に置いたうえで、拙訳をご覧いただければと思う。
試訳:軍事をよく知る者であれば、軍を動かすのに迷いがなく、戦いにおいて窮地に立たされることはない。だからこそ、敵勢を知り、自陣の情況も適切に知ることができれば、勝つことは確実である。気候や季節などの条件と今自分たちが立っている地の特性を把握しておけば、勝利は完璧に実現されるのである。
『孫子』の地形篇は全体でいうと後半部分にあたる。
後半にもなってくると、既に述べられた重要なフレーズが再登場したり、既に説明されたことを前提に話が進んでいくことも少なくない。
ということで、「知彼知己、勝乃不殆。」と「知天知地」に関して補足しておく。
「知彼知己、勝乃不殆。」については、かなり有名な言葉かもしれないが、『孫子』謀攻篇に以下のような記述がある。
知彼知己、百戦不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戦必敗。(『孫子』謀攻篇)
試訳:敵情を知り自陣の実情も知れば、戦いで負けることはない。敵情を知らず自陣の実情だけ知っていたら、勝つときもあれば負けるときもある。敵情も自陣の実情も知らなければ、戦うたびに敗れる。
戦いにおいては、敵陣と自陣の両方の情況をよく知っておくことが重要である。どちらかが欠けていては敗北へまっしぐらである、というのが趣旨であろう。
内容自体はそこまで難しくないことであるが、地形篇ではさらにもう一つ、大切な事項が付け加えられる。
それが、「出征後に刻々と変化する“天や地”にも考慮せよ」ということ。
そのうえで、「天を知り、地を知る」とはどういうことなのか。
ここでいう「天地」は漠然と自然を指しているものではない。これも先ほどの始計篇の続きで具体的に定義されている。
『孫子』始計篇には、戦争における5つの基本要素(=「五事」)が以下のように提示される。
一曰道、二曰天、三曰地、四曰将、五曰法。[…]天者、陰陽寒暑時制也。地者、遠近険易広狭死生也。(『孫子』始計篇)
試訳:一つが「道」、二つが「天」、三つが「地」、四つが「将」、五つが「法」である。[…]「天」とは、日陰と日向、寒さと暑さ、季節のことである。「地」とは、距離の遠近、険しい土地かなだらかな土地か、広い土地か狭い土地か、死地か生地かといったことである。
少しばかり強引かもしれないが、ざっくり言うと、「その場その場の環境をしっかり考慮に入れて戦略を立てねばならない」と解釈しても問題はあるまい。
どれだけ自分のアイスクリーム作りの技術の追求と、相手(お客さん)の好みの味をリサーチを行ったとしても、極寒の地域ではアイスクリームは売れない、というわけだ。
以上が、原文を踏まえた『孫子』の解釈である。
さて、ここまで読み進めてきた読者様の中には、何か違和感を感じた者もいるのではないだろうか。―「天」と「地」が逆ではないかと。
そう、一般的な『孫子』のテキストは、「天を知りて、地を知れば」の順になっているわけだが、映画作中では「地を知りて、天を知れば」の順でフレーズが登場するのだ。
これは後に書かれた『太平御覧』(たいへいぎょらん)の引用に基づくものである。
宋代になると、『孫子』『呉子』『司馬法』『尉繚子』『李衛公問対』『三略』『六韜』(すべて兵書)は「武経七書」として位置づけられる。『太平御覧』は、このうちの一つである『司馬法』*を次のように引いている。
司馬法曰、進退惟時、無曰寡人。将既精能、曉練兵勢、君能專任、事不從中御也。此五者、知勝之道。故曰、知己知彼、百戦不殆。審知彼己強弱之勢、雖不至百戦、実無危殆也。不知彼而知己、一勝一負。雖不知敵之形勢、恃己能克之者、勝負各半也。不知彼不知己、毎戦必殆。外不料敵、内不知己、用戦必危也。知地知天、勝乃可全。知地形之便、知天時孤虚向背晦暝風云之譎詭也。(『太平御覧』兵部五十三)
*『司馬法』:中国春秋時代の司馬穰苴(しばじょうしょ)の著作とされる。
内容自体はここまで見てきた『孫子』の内容と何ら変わりがない。
このようにして「知天知地」「知地知天」といった差異が生じると説明することもできるが、詳細については私自身も調査不足のため、少しずつ文献や諸本にあたって明らかにしてみたいところである。
というわけで、次回がラスト。『史記』を出典とする故事の紹介になる。
参考文献
・浅野裕一『孫子』講談社、1997
・渡邉義浩『魏武注孫子』講談社、2023
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