***桃色ドロップス
ついこの間まで柔らかな日差しを振り撒いていた筈の太陽が、掌を返したようにじりじりとグラウンドを焼くのをどこか他人事のように冷めた瞳で見下ろしながら、唇に挟んだ煙草を浅く吸い込んで、煙を吐き出し。
未だに慣れない苦みに眉間に刻んだ皺を深くしたまま、眼下に広がってはすぐに消えてゆく雲を見下ろして、吐き出す紫煙に溜め息を混ぜ。
「……だりぃな…」
低くポツリと呟いて数秒、屋上のフェンスに預けた腕をのそりと上げて煙草を投げ捨てようとした途端、突然横から伸びてくる手に包帯を巻いた自らの手首を無遠慮に捕まれ。
捻挫したばかりの患部に走る、軋むような痛みと驚きに声を上げる事も出来ぬまま顔を歪ませて、いつの間にか隣に立つ見覚えの無い男を見やり。
「っ……!」
「ああ、ゴメンね?痛かった?」
わざとらしく口元に笑みを浮かべたまま掴んでいた手を離して口先だけの謝罪を述べ。
しっかりと自らの指に挟んでいた筈の煙草を奪って口元に運び、旨そうに一服する男を僅かに涙の滲む深い赤が印象的な瞳で睨みながら、先程とは逆の手で見慣れないブレザーの制服の襟元を掴み上げ
「っ…てめぇ!」
怒りにまかせて殴りかかろうと利き手をギュッと握り締めるが、それだけでも患部がズキっと痛むのを見透かしたように、怯むことも無く携帯用の灰皿を取り出して煙草の始末をし、それを再びブレザーのポケットに仕舞う様子にギュッと歯を食いしばり。
襟元を掴んだまま勢いよく頭を振り下ろして星が飛び散りそうな程の頭突きを食らわせ。
それには流石に黒縁眼鏡の奥の瞳を曇らせる男の様子に勝ち誇ったような笑みを浮かべて、襟元を捕まえていた手を離してやり。
「ッ!痛…ぃなぁ。僕はちゃんと謝ったでしょ?」
「そうかよ。今はてめぇみてぇな…ガキの遊び相手してやってるような気分じゃねぇんだよ…」
乱れた制服を直しながら冷めたような青い瞳を値踏みするようにまじまじと向けてくる男から顔を背けて、再びグラウンドを見下ろしながら、じゃれつく野良犬を邪険に追い払うように"しっしっ"と手を振り。
じっとりと絡みつくようなその視線には気付かぬまま、面倒そうに後ろに流した髪を掻き上げ。
――……?
暫くしても立ち去る気配の無い優男に不機嫌そうに眉を寄せたまま舌打ちをし。
そちらに顔を向けた途端、伸びてくる手に今度は学ランの襟元を掴まれて引き寄せられ、身構えるように反射的にギュッと瞼を閉じ。
…しかし、暫くしても感じる事の無い痛みの代わりに、唇に触れる温かい感触。
そこからざらりとしたモノが唇を割り、食い縛った歯列を撫でる擽ったいようなむず痒いような感触に、薄く瞼を開けるが何がどうなっているかなど分からず、抵抗する事も出来ぬまま鼻にかかったような甘い嗚咽を洩らし。
「ッ…!んっ…ぅ…」
僅かな時間、しかし時の流れを疑う程に長く感じる時間。
口内に甘酸っぱい飴玉を置き去りにして唇を解放された後も呆然と立ち尽くしたままで、此方に背を向ける相手の後ろ姿を見送る事しか出来ず。
古くなった蝶番がギギッと軋む音に霞の奥に手放していた意識を取り戻し、相手を呼び止めようと息を吸い込んだ途端、此方を振り向いて注がれる視線に驚いて、ゴクンと息を飲み。
「ああ。…一つ言い忘れてた。"キンギョ"は喉の癌になりやすいから、やめた方が良いですよ、センパイ。
…あと、この味はセンパイの唇には似合わないから…僕が預かっときます」
綺麗に整った口元を愉しげにゆるめて、煙草の箱を軽く振って見せた後、すぐに閉められる扉を疑問の色を浮かべた瞳で見。
はっとして自らの学ランのポケットに手を突っ込むが、そこにはつい先程まで有った筈の煙草の箱は無く…。
…代わりにカサリと音を立てる小さな物を取り出して視線を落とすと、それは"桃味"と書かれた飴玉の包み紙。
「……っ!あいつ…!!」
苛立ちをぶつけるように口内に残された飴玉を噛み砕いて、桃色の包み紙を握り締め、怒りに顔を歪ませ。
――先程まで自らを苛んでいた行き場の無い憤りが僅かに晴れたのに自分でも気付かぬまま、ドスドスと重い足音を立てて男の後を追うように、午前の授業の終わりと昼休憩の始まりを告げるチャイムの響く校内に戻り。
未だに慣れない苦みに眉間に刻んだ皺を深くしたまま、眼下に広がってはすぐに消えてゆく雲を見下ろして、吐き出す紫煙に溜め息を混ぜ。
「……だりぃな…」
低くポツリと呟いて数秒、屋上のフェンスに預けた腕をのそりと上げて煙草を投げ捨てようとした途端、突然横から伸びてくる手に包帯を巻いた自らの手首を無遠慮に捕まれ。
捻挫したばかりの患部に走る、軋むような痛みと驚きに声を上げる事も出来ぬまま顔を歪ませて、いつの間にか隣に立つ見覚えの無い男を見やり。
「っ……!」
「ああ、ゴメンね?痛かった?」
わざとらしく口元に笑みを浮かべたまま掴んでいた手を離して口先だけの謝罪を述べ。
しっかりと自らの指に挟んでいた筈の煙草を奪って口元に運び、旨そうに一服する男を僅かに涙の滲む深い赤が印象的な瞳で睨みながら、先程とは逆の手で見慣れないブレザーの制服の襟元を掴み上げ
「っ…てめぇ!」
怒りにまかせて殴りかかろうと利き手をギュッと握り締めるが、それだけでも患部がズキっと痛むのを見透かしたように、怯むことも無く携帯用の灰皿を取り出して煙草の始末をし、それを再びブレザーのポケットに仕舞う様子にギュッと歯を食いしばり。
襟元を掴んだまま勢いよく頭を振り下ろして星が飛び散りそうな程の頭突きを食らわせ。
それには流石に黒縁眼鏡の奥の瞳を曇らせる男の様子に勝ち誇ったような笑みを浮かべて、襟元を捕まえていた手を離してやり。
「ッ!痛…ぃなぁ。僕はちゃんと謝ったでしょ?」
「そうかよ。今はてめぇみてぇな…ガキの遊び相手してやってるような気分じゃねぇんだよ…」
乱れた制服を直しながら冷めたような青い瞳を値踏みするようにまじまじと向けてくる男から顔を背けて、再びグラウンドを見下ろしながら、じゃれつく野良犬を邪険に追い払うように"しっしっ"と手を振り。
じっとりと絡みつくようなその視線には気付かぬまま、面倒そうに後ろに流した髪を掻き上げ。
――……?
暫くしても立ち去る気配の無い優男に不機嫌そうに眉を寄せたまま舌打ちをし。
そちらに顔を向けた途端、伸びてくる手に今度は学ランの襟元を掴まれて引き寄せられ、身構えるように反射的にギュッと瞼を閉じ。
…しかし、暫くしても感じる事の無い痛みの代わりに、唇に触れる温かい感触。
そこからざらりとしたモノが唇を割り、食い縛った歯列を撫でる擽ったいようなむず痒いような感触に、薄く瞼を開けるが何がどうなっているかなど分からず、抵抗する事も出来ぬまま鼻にかかったような甘い嗚咽を洩らし。
「ッ…!んっ…ぅ…」
僅かな時間、しかし時の流れを疑う程に長く感じる時間。
口内に甘酸っぱい飴玉を置き去りにして唇を解放された後も呆然と立ち尽くしたままで、此方に背を向ける相手の後ろ姿を見送る事しか出来ず。
古くなった蝶番がギギッと軋む音に霞の奥に手放していた意識を取り戻し、相手を呼び止めようと息を吸い込んだ途端、此方を振り向いて注がれる視線に驚いて、ゴクンと息を飲み。
「ああ。…一つ言い忘れてた。"キンギョ"は喉の癌になりやすいから、やめた方が良いですよ、センパイ。
…あと、この味はセンパイの唇には似合わないから…僕が預かっときます」
綺麗に整った口元を愉しげにゆるめて、煙草の箱を軽く振って見せた後、すぐに閉められる扉を疑問の色を浮かべた瞳で見。
はっとして自らの学ランのポケットに手を突っ込むが、そこにはつい先程まで有った筈の煙草の箱は無く…。
…代わりにカサリと音を立てる小さな物を取り出して視線を落とすと、それは"桃味"と書かれた飴玉の包み紙。
「……っ!あいつ…!!」
苛立ちをぶつけるように口内に残された飴玉を噛み砕いて、桃色の包み紙を握り締め、怒りに顔を歪ませ。
――先程まで自らを苛んでいた行き場の無い憤りが僅かに晴れたのに自分でも気付かぬまま、ドスドスと重い足音を立てて男の後を追うように、午前の授業の終わりと昼休憩の始まりを告げるチャイムの響く校内に戻り。


