昨晩、姫路の大学時代のラグビー部の同期から電話があり、彼のおばちゃんが他界されたということを聞きました。
難病を患い、あと2年と言われていたところ5年以上、闘病生活を送りながら優しく強く生きてこられたおばちゃん。
臨床心理士として笑顔で温かく、そしてユーモアに溢れながら生きてこられたおばちゃん。
僕自身もよくお世話になっていました。
特に会社を辞めてフィリピンに戻った2011年。
フィリピン、インドと飛んでいるときにあった東日本大震災。
急遽予定を中断して日本に帰国し、東北に向かおうと。
東北へ向かう直前の2011年4月、僕はおばちゃん宅にお世話になりました。
当時の僕は、無職。
海外で何も成し遂げていない中帰国して、周りは働いている中、これから東北に向かおうとしていた時でした。
右も左もわからず、本当に迷っていた時期で、自己嫌悪に陥っていた時でした。
ふつうだったら「お前、無職なんだからボランティアとかいかずに働け」と言われる立場で、何か周りに申し訳ない気持ちで小さくなっていく自分がいた時でした。
でもおばちゃんと僕のラグ部の友達は、そんな僕を何一つ否定せずに、温かく受け入れてくれ、無職の僕に飯を食わせてくれ、布団で寝かせてくれ、お風呂までいただき、東北で使うための一人用のテントを渡してくれました。
その時の感謝が、やっぱり今でも忘れられません。
本当に、忘れられません。
・・・
姫路に日帰りで行き、おばちゃんのお通夜に参列させて頂きました。
本当にいい笑顔をしている遺影に、多くの参列者の姿・・・。
本当に温かい人生を送られたんだなあ・・・。
僕のお世話をしてくれた時も、ずっと闘病生活だったんだって、おばちゃんの人徳、懐の深さに、本当に言葉には表せない感情が込み上げてきます。
人は死ぬとき、その人の本当の真価が問われると、聞いたことがありますが、ホントなんだなあ・・・。
・・・
やさしい笑顔のおばちゃんの遺影。
「人間は温かい、そしてそれが人間たる所以だよ」
そんな言葉が、聴こえてきました。
ここ最近、忙しさやリバースカルチャーショックもあり、心にゆとりがなくなり、カリカリカリカリしていました。そしてそれが目の前にいる生徒にも伝わっていたんじゃないかって思います。
なんか、人間として本当に大事なものを思い出させてくれました。
そして「温かく生きよう」と改めておばちゃんの遺影に心の中で誓ってきました。
おばちゃん、安らかに・・・。
そして、これからも、心の中で生き続けて。