日本に帰国してすぐに関西に移り、修士論文のアクション・リサーチを始めました。
2013年7月、8月のことです。
大学生と高校生を対象にセルフ・コンパッションを教え、それ以外は梅田のネットが繋がる喫茶店かマクドに籠もって、カタカタカタカタ、データをまとめたり、書き下ろしたりする日々が続きました。
そしてそれと進行して将来の進路も考えていました・・・が。
辺りを見渡すとこれでもかというほどの人、人、人。
日本一、人の歩くスピードが速いといわれる梅田のど真ん中。
緑というもの、土というものに触れることができない大都会。
(コスタリカ、バーモント州、タイの山奥という大自然の中生きてきて、これからこの日本に住み、暮らしていくったい・・・)
(俺、この社会にまた入っていけるとかいな・・・)
(もうハマれんやろ・・・)
(やばいっ。これちょっと息するだけでもしんどい・・・。)
(つ、潰れる・・・。)
よく吐いてました。
リバース・カルチャーショックってやつだったのかもしれません。
「日本社会」という目に見えない枠というものに、一人でがんじがらめになってしまっていました。
気力がドンドンなくなっていき、弱い僕は、「どこか逃げ出したい」という思いでいっぱいになっていました。