2011年の11月から主に亘理町の仮設住宅で学習支援をすることになりました。
2012年3月、学習支援に通う中学3年生が無事に高校受験を終わらせました。
外は雪。
(ああ、もう被災地で活動をし始め、1年が経とうとしとるったい・・・。)
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それとは一方、2012年の年明けから、どうも自分自身、心の奥底にあった何かが湧き起こってきていました。
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(成長したい・・・。)
ムズムズ。
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(また飛び出して色んな経験をしたい・・・。)
ムズムズ。
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若さゆえのものかもしれません。
ドタバタ走り回る復旧から復興の段階に入った被災地では、毎日走り回るよりも、ゆっくり腰を落ち着け、そこに「いる」ことが何よりも大事なフェーズと入ってきていました。
何をもって「バリバリ」、「成長」としていたのか、よくわかっていなかったと思います。
未だ企業で働く同期と比べていたのかもしれません。
でも、もっと色々な経験を積んで自分自身を成長させたいという想いに当時の僕は駆られていました。
「本当に自分がしたいこと」が見えてない分、焦っていたんだと思います。
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以前、大学教授からとあるアメリカの大学院を紹介されたことを思い出しました。
(もう一回「社会」に出る前に一度勉強しなおそう。)
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ここでいう僕の「社会」とは一体なんだったんでしょうか?
未だによくわかりませんが、「もう一度ブラシュアップして浪人時代からの夢であった教育関係の道に進もう!」と思い、NPOの上司の方に恐る恐る相談しました。
「辞める」となると、いい気分ではありません・・・。
NPO側にとったら、無責任な行為。
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(あ~、この空気・・・しまった・・・。)
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それでも、ありがたいことにNPOの上司は理解してくれました。
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そして留学準備を被災地で始めました。
(こりゃちょっと頑張らないかんばい。)
